小学校の卒業文集で、W君は遠足で鎌倉に行ったことを書いていた。
W君の作文は傑作だ。
彼は「行きに乗った満員電車」の過酷さを作文用紙いっぱいに描写していた。
作文には書かなかったが、私も鎌倉より人生で初めて経験した通勤ラッシュの方が記憶に残っている。
朝のラッシュに面食らうこと自体は普通だ。誰でも初めは驚くだろう。
特筆したいのは、満員列車に初めて乗った私が、混雑そのものより、その混雑を異常だと思わなくなる感受性に恐怖を覚えたことだ。
目の前の吊革につかまるオッサンも、最初は嫌々乗っていたんだろうけど、そのうちこれが普通だと思うようになったに違いない。
じゃなきゃ40年近くもこんな生活できないよ、と小学生だった当時の私は考えた。
満員電車を体験してから約十年後、私は社畜になるべく就活をすることになる。
企業理念とか、社会貢献活動とか、創業者の訓示とか、ウソくさい話を入社数年目の社員(リクルーター)どもから散々聞かされた。
それらのインチキを、大人社会の建前だと思って最初は受け流していたのだが、だんだん「なんかヘンダゾ」と感じ始めた。
社員達がネタ(建前)じゃなくてガチ(本音)でデタラメをほざいていることに気づいたのだ。
冒頭の満員電車と同じで、社員達も最初は「何言ってんだコイツら」と思いながら嫌々働いていたに違いない。
しかし、殺人的なラッシュに揉まれ、上司に怒鳴られ、得意先から嫌味を言われ続けるうちに感覚がマヒしていき、ウソをホントだと思える立派な企業戦士になったのだろう。