2011-04-29

東電の賠償責任についての前提整理 --賠償責任の有無

原子力損害の賠償に関する法律第3条 (無過失責任責任の集中等)

1 原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。

2 略

福島第一原発事故による損害ついて、原則として東電は無過失で賠償責任を負う。(無限の、という形容詞を付ける者がいるが、損害賠償責任無限なのは当たり前の話だ。ただ東電が無一文になれば事実上、支払えないと言うにすぎない。この支払能力の問題は別稿とする。)

もっとも上の条文から明らかなように、その損害が異常に巨大な天災地変…によつて生じたものであるとき賠償責任を負わない。

これはAll or Nothingの話なので、このただし書きが適用されるならば、東電は一銭たりとも賠償責任を負わない。(枝野氏が「免責はあり得ない」と言ったのは、このただし書きの適用があるとは思われない、という感想である司法の判断領域なので、この発言は法的には無意味な、政治的発言である。)

さて、今回の東北地方太平洋沖地震及び大津波は、異常な天災地変であることは明らかだ(千年に一度の天災地変が含まれないなら、ただし書は無意味も同然だ)。そうすると、東電は賠償責任を負わないとも思える。

しかし、同条は責任の範囲を通常よりも拡大したものであるから、通常でも賠償責任が生ずる場合にまでただし書が適用されるものではない(と考えられる)。即ち、東電に過失があった場合には、ただし書は適用されず、東電は賠償責任を負うことになる。

 

それでは東電には過失はあるか。想定すべきを想定しなかった場合には過失が認められよう。

ここでM9地震や14m津波は、3.11以前の科学技術の水準に照らし、予見すべきものとはされていなかった(っぽい)。そうすると過失は無かったとも思える。

しかし、3.11以前の科学技術の水準に照らしても、例えばM8地震や7m津波は予見すべきものだったと言える(かもしれない)。そうであれば、これを想定せず、M8地震や7m津波への対策が不十分であれば、過失は認められる。つまり、過失の有無の判断においては、東電M9地震,14m津波を想定できたかは問題とならない。

もっともこの場合にも、過失と損害との因果関係が問題となる。因果関係の無い損害を賠償するいわれは無い。

ここに来て初めて「想定外」が問題となる。つまり、想定すべきM8地震や7m津波への対策をしていても事故が発生していたならば、事故災害対策不備という過失とは因果関係がなく、損害賠償責任は認められない。(だから想定外」の主語東電はなく「現在科学技術水準」だ。)

もっとも、M8地震や7m津波向けの対策をしていれば、今回の「想定外」にあってもより軽微な損害で済んだ可能性がある(例えば今回の地震津波女川原発にとっても想定外だったが、女川原発は正常に動作停止した)。制御不能に陥ったのが、M8,7m津波すら対策を怠ったためであると言えるならば、過失と損害との因果関係は肯定でき、東電は賠償責任を負う。

なお、東電の「政治判断」として、そもそもただし書を主張しない、という可能性もある。その場合には過失を云々せずに、損害賠償が認められる。

また、仮に東電の賠償責任が認められない場合はどうするか。天変地異と同じく、国が支援するか、被害者が諦めるかである。この場合は、どの程度の支援を受けられるかは基本的には国の胸先三寸であり、全額を請求できる賠償の場合とは全く違ってくることになる(東電にすら過失が認められないなら、国家賠償請求も過失(や瑕疵)が無く認められないだろう)。菅氏等が全額の「補償」を宣言しているのは、主にこのケースについての対応を提示しているものといえる。

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