2022-01-12

親父とミニバン、時々セダン

街中で、ふと目に入ってくる車。トヨタエスティマという大型のミニバン

俺が産まれときから親父はこのミニバンに乗っていた。

教師として生徒を県外への遠征に引率することが多かった親父は、生徒がたくさん入るミニバンサイズが丁度良かったんだろう。

俺の成長と共に、親父は初代のエスティマ、そしてハイブリットエスティマの二台に乗り継いだ。

俺が産まれるより前から乗ってると言っていたから、もう同じ車種に乗り続けて30年以上になると思う。

親父がエスティマ運転する姿を、そして運転する大きな背中を、後部座席からずっとずっと見てきた。

そのせいか、街中で同じ車種を見ると「親父が運転してるんじゃないか?」とごく自然に思うようになっていた。

さな街だからか、事実3回に1回くらいの割合で、親父がハンドルを握っていた。

大学進学のために上京しても、エスティマを見ると親父と見紛う癖が続いた。

やはり都会は地元と比べて道が狭く、そもそもミニバンに乗る人が少ない。

からこそ珍しくエスティマを見かけると、なんだか妙に胸が高まり絶対にいるはずもないのに、「親父が横浜に来てるんだろうか」とついつい考えてしまった。

そしてすぐ、「そんなわけないか」と一人で笑った。


二年くらい前だろうか、親父は還暦を迎えた。

しか退職をすることはなく、決められた時間だけ生徒たちに授業を教えるような、いわば時間講師の道を選んだ。

今まで土日祝日はあってないようなもので、常にどこかしらの遠征に出かけていた親父も、今や授業が無い日は庭の手入れをしたり、家の掃除なんかに精を出している。

親父は「退職金を使ってやりたいことがある」と言って、まず初めに家の浴室を改築し、風呂の浴槽を大きくした。

今までの浴槽はだいぶ狭く、基本体育座りでないと入れない程の狭さ。

風呂に入ることが大好きな親父は、「とにかく足を伸ばしてお風呂に入りたい!」とのことで、以前の二倍くらいの広さにした。体の大きな俺でも悠々と入れるほどだ。

そしてもう一つ、親父は退職金を使って車を買い替えた。

ミニバンエスティマから、同じくトヨタセダンクラウンという車種にした。

ミニバンからセダンになったことで、車の大きさはだいぶ小さくなり、同乗できる人数も減った。

子どもが大きくなり、家族でどこかに出かける数も減ったことも理由にあるだろう。

母曰く、実はハーレーも欲しかったそうだ。

ハーレーってあのバイクの?」と聞くと母は頷いた。独身時代からハーレーに乗りたいと思っていたらしい。

俺は驚いた。親父の口からバイクが好きだと一度も聞いたことが無い。しかハーレー。なんてアメリカンバイクを。

でもその話を聞いて、親父が教師として生きていくために、父親として生きていくために、犠牲にしてきたことの1つなんだろうなと思った。

親父の人生が少しだけ垣間見えたように感じた。


今回の年末帰省で、親父のクラウン運転する機会があった。

飲み会に迎えに来て欲しいと連絡があり、十数キロ、30分程度の道のりを運転して、親父を助手席に乗せた。

親父はべろんべろんに酔っぱらっていて、何回も同じ話をループし、黙ったかと思うと、「どうだ?クラウン運転は」としきり尋ねてきた。

俺は親父の車をぶつけたりしたらシャレにならないと、内心びくびくしながら運転していたから、しきりに「どうだ?」と助手席から訪ねてくる親父に若干イラつきつつ、「運転やすいね」と愛想を述べた。

本当は緊張のせいで運転のしやすさなんて全く分かっていなかった。

親父は満足そうに頷いて、数分してから「どうだ?」とまた聞いてきた。

面倒くさくて「いい車だね」ともう一度愛想を言う。

「いい車だろ?」と親父は繰り返し、満足そうに頷いた。

そして眠いのか、ゆっくりと目をつぶった。

後部座席から見る父親背中あんなに大きかったのに、助手席に座って目をつむる親父は姿はどことなく小さく見える。

大きく見えていたのは、決して俺が小さかったからじゃなくて、生徒たちを、そして家族の命を預かる親父の「責任」だったんだろうな、なんて思いながら運転した。

無事に家まで送り届けた翌朝、昨夜あんなに聞いてきたのにもかかわらず、親父は「クラウン運転はどうだった?」と聞いてきて、流石にしつこくて笑った。

笑いながら「良かったよ」と親父に言うと、親父は満足そうに、また大きく頷いた。



親父が「じゃあ行ってくる」と言い、クラウンに乗り込む。

たかがそこのコンビニに行くのにわざわざ車に乗らなくても、そう思いながら見送った。

でもクラウンに乗り込む親父の姿がどことなく嬉しそうで、俺もなんだか嬉しい。

教師として駆け抜けてきた四十年間、父親として生きてきた30年間。

共に走り続けてきたエスティマお疲れ様。大きな事故なく走り続けてきてくれて本当にありがとう

そしてクラウン、これから親父をよろしく頼む。

車間距離が近い節がある親父の運転を諫めつつ、走る喜びを感じさせてあげてほしい。安全運転いつまでもいつまでも傍にいてあげてほしい。

クラウン、親父をこれからよろしく頼むよ。

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