“激動の時代”という文言は、さしずめボジョレー・ヌーボーのようなものだ。
ティーンエイジャーの俺や、その時代に実感の伴わない人間にとっては「10年に1度の出来」という評価ほど空虚なものはない。
だけどワインを飲める人にとって、やはりそれは確かな変化なのだろう。
もちろん変わったのは食べ物だけじゃないけれど。
早口言葉みたいな会社名がついているため、内外共に「ハテアニ」って略称で呼ばれている。
そんなハテアニもまた、激動の時代が訪れようとしていた。
「それでは第○○回、『チキチキ! ヴァリオリ制作委員会』の会議を始めます」
談合室に集まったスタッフたちは、拍手の代わりに咀嚼音で応える。
昼時だったので、会議は昼食と平行して行われていたんだ。
「ああ、もう! カレーの粉が溶けてない!」
そうボヤくのはプロデューサーのフォンさん。
やや神経症の嫌いがあり、この日はカップカレーうどんに苦悩していた。
「ロボットやAIが企業を席巻しているのが当たり前の時代に、いつになったらカップカレーうどんは進歩するんだ!」
「まるでこのスタジオみたい~ってか」
「確かに未だ人材が資本ですが、ハテアニだって進歩はしてますよ。労働待遇は一般企業並みに良くなったでしょう」
「そこは誇るところじゃないだろ。カップ麺に虫が入ってないことを自慢する企業がどこにいる」
ハテアニの看板作品である『ヴァリアブルオリジナル』、通称“ヴァリオリ”の総監督を務めている。
「シューゴさんは、また同じメーカーのランチボックスですか。それ好きですねえ」
「好きじゃねーよ。量も少ないし、味も好みじゃない」
「じゃあ、なんでそればっかりなんです」
食事も満足度は二の次で、“食べるのが楽かどうか”が基準である。
彼にとっては絵コンテを描きこむことよりも、洗う食器を一つ増やす方が遥かに負担なんだ。
「では食事をしながらいいので聞いてください。三回目となるヴァリオリの完全版制作について……」
傍から見ると緊張感に欠ける光景だが、ハテアニで働く者達からすれば日常茶飯事である。
何度もやっている会議で、内容の想像がつくので昼食の合間で十分なんだ。
この日のスタッフたちも、そのつもりで高をくくっていた。
「今回は特典の一つとして……第2シーズン“幻の10話”を追加しようかと」
シューゴさんとフォンさんの箸が止まった。
久しぶりにリアルタイムで冒険見たわ
≪ 前 「……“本当の10話”? ちょっと何言ってるか分からねーな」 慌ててシューゴさんは取り繕って見せるが、とぼけているのは明白だった。 「“本当の10話”じゃなくて“幻の10...
≪ 前 それから数日後。 「それでは第○○回、『チキチキ! ヴァリオリ制作委員会』の会議を始めます」 総務である父の宣言と同時に、その会議は厳かに再開された。 「ズズズッ...
≪ 前 話はヴァリオリが誕生した、ちょっと前に遡る。 「おい、フォンさん! お上はいつになったら企画を持ってくるんだ?」 「そろそろ取り掛からないと、放送シーズンに間に合...
≪ 前 すぐさま父たちは急ごしらえの企画を携え、親会社に乗り込んだ。 「オリジナル作品~? ちょっとバクチが過ぎるんじゃないのぉ?」 「ビジネスってのは大なり小なりギャン...
≪ 前 こうして何とか説得に成功し、企画を通すことに成功した。 だが、アニメ作りは会議室で起きているわけではない。 ここからが本番だ。 それは誰もが知るところだが、だから...
≪ 前 世に跋扈するアニメの多くは、その製作の全てを一つの会社が行っているわけではない。 クレジットを見れば誰にだって分かる(俺は一度もマトモに見たことはないが)。 背景...
≪ 前 絵の部分においても徹底された。 キャラクターデザインは線を少なくし、左右対称が基本。 背景を減らすため、キャラクターのアップを増やして誤魔化した。 作画ミスが起き...
久しぶりにリアルタイムで見たわ
≪ 前 こうして何とかヴァリオリは「とりあえず見れる作品」として世に出た。 この国で初めてアニメが放送されてから、脈々と受け継がれてきたリミテッド・アニメーションの粋を集...
≪ 前 そこからは、多くの有名コンテンツが辿る道だ。 コミカライズにノベライズ、関連性のないゲームとのコラボなど。 様々なマルチメディア展開がなされ、ヴァリオリは“出せば...
≪ 前 脚本だけではない。 “幻の10話”に携わったスタッフは、そのほとんどが聞き馴染みのない者だった。 つまりシューゴさんなしで、代理スタッフで構成されているってことだ。 ...