それはもう五年は前のことになるだろうか・・・
当時の上司があまりに怠惰だったのだが、どうしてもその上司がその立場にいないと会社的にダメで、部下である自分にそのとばっちりが回ってくるという日々だった。
その状態が二年ほど続き、その間できる限りの頑張りをしてみたのだが、結局、内臓を壊してしまい医者から「やばいよ」と言われてしまう。
そこで一週間ほど強制的に休暇をとったのだが、偶然にも大学時代の先輩から「人材探してるんだが、うちに転職しないか?」というメールが届いたのだ。
とりあえず即答は控えさせてもらい、休暇中に考えて結論を出すということも快く了承してもらえた。
で、今までの自分を振り返り、色々と考えてみたのだが、結果としてその会社を辞めるという決断をした。
その理由は、
という二点。
上司が怠惰だったおかげで、普通は考えなくて良いはずの人月・工数計算、予想売上、予想純利益について学べたし、プレゼンの仕方やそれに伴う他部署への下ネゴといった妙な手順まで覚えてしまった。
また、その上司のフォローをやり続けたところで、その会社には何も+αがないのである。自分が辞めれば誰かがその穴を埋めるべく頑張らねばならないのは心苦しいが、何度かそういうことが起こればもっと上が気づくはずだ。
「結局、自分がやってたことは、自己犠牲が美しいと思い込む自己満足だったんだなぁ」と気づき、休み明けに退職願を提出した。
今はその転職先で自由にやらせてもらっているし、それが+αになっているという実感もある。
どうやら、自分はかつての上司に礼を言った方がいいようだ。
いつものように口と膣を犯される。髪をつかまれ喉の奥まで銜えさせられる行為にも、前戯もなしに挿入されることにも、もう慣れた。男達は自身が満足するまで私を犯し続ける。私は他人事のように。違う世界の人の事ようにそれを見る。そして終わるまでただ待つ。からっぽの頭で。ただただ待つ。
気がつくと部屋には誰もいなかった。もう事が済んだようだ。噎せ返るような男の臭いが染み付いた部屋。拘束された手足はズレを起こして赤く腫れている。何日過ぎたのかはもうわからない。最初のうちは、彼らに対して怒りがあった。しかし、時が経つにつれ、怒りは恨みに。恨みは辛みに。そして辛みも次第に摩耗して、何の感情も抱かなくなっていた。その時からだろう。もちろん、彼らが使った薬のせいもあるのだろうけど、その時を境に決定的に、思考が散漫とし、物事を考えることが困難になった。今考えられるのは一つだけ。家族のことや、脱出方法、復讐といったことではなく、彼らが初めて私を陵辱した日に言った言葉。「嫌だなんて嘘を吐くなよ。ほら、こんなに感じてるじゃないか。」
喉の奥に異物を挿入されて起きた。また夜が来たらしい。いや、確かに最初のうちは夜にしか来なかったけど、今は昼に陵辱するようになったかもしれないから、夜かどうかはわからない。窓がない薄暗い電球が点いてるだけだから私には時間がわからない。股間に何かひやりとしたものが塗られる。あの薬だ。最初の日から犯される度に塗られていたあの薬。早くも愛液を滴らせた私を見て男は満足そうに笑う。下卑な笑いだ。言いたいことはわかる。何度も聞かされたし、下衆な顔が雄弁に語っている。「こんなに濡らしてイヤらしい女だ。」
初めての時は、何か釈然としないものを感じてはいたが、なにぶん錯乱状態だったので、何も言えずに、濡らすことに、感じてしまうことに恥ずかしさを感じ、半ば認めてしまっていたようなものだったが、何度も陵辱されるうちに何か釈然としないものは大きくなり、そして言葉になりつつあった。
「濡れているのは、感じているのは私の体であって、私ではない。」
だって、そうではないか。薬を使われて濡れるのは私の意思だろうか。頭痛薬を飲んで頭痛が治ったからといって私の意思で治したとは言えないように、それは私の体が反応しているだけであって、私が濡れているわけではない。また、嬉しいと思うのが厳密に言えば私ではないように(私が嬉しいと思おうしたからといって嬉しくない状況が嬉しいとは思えないように)、感じたり欲しがったりしているのは私ではない。だから、私がいくら濡れていようと、感じていようと、それは私の体が反応しているだけのことであって、本当の私はあなたたちを最低で最悪な人間だと思っています。あなた達は私を犯して優位に立っているつもりかもしれませんが、それも私の体のことであって、本当の私は何ら犯されていません。
男達の責めが終わり、帰ろうとするときに、今までずっと考え、ようやく言葉になった、釈然としなかったものを、口にした。男は初め、何十日も犯し続け人形のようになっていた私が言葉を喋る、それも男達に対する批判を口にするという状況が理解できなかったようで、呆としていたけれど、言葉の意味を理解すると顔を真っ赤にして怒り、反論も思いつかないらしく、男の手から血が出るくらいまでに、私の顔の骨が折れてしまうくらいまでに、ひたすら私を殴り続けた。ただ、ひたすらに。
体が送る痛みという信号を感じながら、私は自説の穴について考えていた。身体性の放棄どころか、喜怒哀楽の感受さえも放棄した私の考えは、裏を返せば、私というものがとても小さく、稀少になるということを意味する。だって、嬉しく思うのも、悲しく思うのも、楽しく思うのも、辛く思うのも、それは全て私ではなく、私じゃないものが思っているってことなんだから。そこに私はいない。私が感じていた感情や、私がしたと思ってたことは、私のものじゃないってことなんだから。私がいるのは、それらを実現するための折衝や調整に少し顔を出すときだけ。それ以外には私はいない。ただ、私の体という乗り物から見ているだけの存在。
でも、もし男がそこをついてきても心配はなかった。それでも私は男を最低だと判断したから。自分がそんな小さな存在になってしまうとしても、今まで私だって思ってたものが私じゃなかったとしても。それだけは譲れなかった。
男が何か光るものを持ってきた。それが振り下ろされると目の前が赤く染まる。体が冷える。男の罵声が聞こえる。でも、とても愉快だった。とてもとても愉快だった。だって、こんなにしているのに、たとえどんなにしたところで、男は私を犯せない。汚せない。誰も私を犯せない。私を汚せないんだから。
日本人だからかな。この「ラーメン」っていう響きに妙に惹かれる。
最後の一滴まで汁を飲み干したくなるような、そんなラーメンが俺も食べたい。
最初の学生さんじゃないけど反応
相手の立場も考えて、自分の利益も考えて、行動してごらん。
組織の体質が自分にとって不利な構造なら変えようとするとか。
これさ、とても正論でごもっとも、最初の彼に対してはまあまあ良いアドバイスなんだけど、今の時代にヒラの従業員に要求するのって昔と違ってとても難しくなってると思う。従業員がこうしてくれれば上はとっても助かるけど。
確固たる終身雇用制度があった流動性の低い時代だと、権限が全くないところからでもボトムアップでアラートが上がってきて組織を改善することを期待できた。だって会社は「終の棲家」だから、自分で積極的に居心地よくしないといけないものね。
だけど、流動化の進んでる現代、自分の属している会社を手間隙かけて改善するよりも自分だけ磨いて転職しちゃったほうが早いケースが出てくる。そういう場合アラートがあがんなくて、サイレントに人がどんどん入れ替わる。転職する時ってのは「ベンチがアホやから野球がでけへん」とか言わない。「もっとやりたいことができました」とか「家庭の都合で田舎に帰ります」とか「給与の面で高く評価していただけたので」とか「オーストラリアに行ってプロサーファーになります」とか無難な理由をつけて転職するから、組織が腐っていても管理部門が気づくのはとても難しい。
今後、管理部門や管理職から見て一般の従業員は「身内」や「味方」ではなくなると思う。「食客」であったり「設備」であるようになる。不都合があればすぐいなくなったり壊れたりするわけだ。
注意深く観察して積極的にケアしないと、「えっなんで部署まるごとやめちゃうの?」「みんなで会社作ります」となったりする。従業員が組織を改善してくれるなんて幻想になっちゃうかもよ。
(台詞はベンチが云々以外は実際に見聞きしたものです。ちなみに過去聞いた中で最も奇妙な転職の言い訳は「寮の周りに蝉が多いので」)
うーん、結局一人で己を見つめなおせ!みたいな結論なんでしょうか…。
なんかもうそういうのおなかいっぱいだなあ・・・。
今日はこのへんにしておきます。
皆さんは馬鹿が居る馬鹿が!と嘲笑って、明日になれば忘れるのでしょうが、
私は明日も明後日も悩み続けると思います。
釣りだったらどんなにいいかと思います、あーあ。
http://anond.hatelabo.jp/20070314201650
感嘆されるのに必要なのは、ただ知識をひけらかす事じゃない。
ただ、相手の話を聞き、それに対して適切な相づちを打つだけでいいのに。
それだけなら、浅く広くな知識だけで大丈夫でしょ?
話が途切れたら、適当に質問するだけ。相手の話の種が切れるまでこれで永遠と続く。
それで知識もつくしね。
結論とか出すべきなんですかね?
http://anond.hatelabo.jp/20070314211804
ずいぶん興味深いゲームだね。そんなささいなな事で優越感を感じられる時期もあったかなぁ。
そうですか?
一周して恋愛至上主義に対して批判的な態度ということでは非モテの方々と同じですよ?
時々彼らの主張に共感しますけど、同時に声を張り上げて言うほどのことでもないと思います。
なるほど。
もうここら辺になってくると、個々の好み…というか美意識の問題なんでしょうね。
慣例的なバッドノウハウがそのままデファクトスタンダードとなってしまったという感じ?
私としては数式内で使うコンマやピリオドと句読点はそれぞれ意味が違うように感じるし、
「別な方が読みやすいのに…せっかく日本語は別々で使えるのに…」とも思っていました。
ま、私が論文書いたりするようなことはないんで、部外者ではあるんですけどね。
http://anond.hatelabo.jp/20070314214747
そこで急に世間の目を気にする意味がわからん。
周りが彼女彼女言ってる人ばっかりだと気にもなるんじゃないですかね。
anond:20070314063205がそういう状況かどうかは知らないけどさ。
単に自分自身がそういう状況なんで。まぁ。
個人的にはどうでも良いんですけどね。
気にするフリした方が話が流れやすいので仕事とかやりやすいわけです。
さがせばいるのかな。そういうの。
バレンタインデーに会社のおばさん連中からたくさん義理チョコをもらった義理チョコ廃止論者君が、昨日同僚に「あしたはホワイトデーですね。おかえししなきゃ。」と言われて、「なんだよ、そんなこと考えてんの?めんどくせー。」と言っていた。
そして今日、同僚数名が共同でお菓子を買ってきて渡しているのを横目にみていた廃止論者君は、「みんな渡してるのに俺だけ渡してないの気まずいな。」みたいな表情。
さらに「でもお返しめんどくせーって公言しちゃったから、いまさら買って渡すのも恥ずかしいな。」みたいな感じ。
けけけ、みんなと同じじゃないと恥ずかしいって、典型的な日本人タイプですね。
ま、俺のことなんだけどね。
いや、だから
じゃないの?
日本語の文章の中に「I'm Japanese」という語が入り、
そこで文が終わっているのならそれは「体言止め」という感覚で、
「I'm Japaneseです。」は問題の無い日本語だと思うんだけど。
なんかここ半年くらいの間に自分がだんだんイケメンになってきたので
美容室を変えたのがよかったのか
顔の手入れをきちんとするようにしたのがよかったのか
とりあえず、いいことだと思って喜んでたら
今日、突然昔の自分に戻っていた。
あれ?
http://anond.hatelabo.jp/20070314201650
つーか感嘆されていいなぁ。
俺も雑学だの歴史だのその他へんな知識集めるのが好きだけど、感心して貰ったことなんてないよ。
いや口では色々知っててすごいとか言われるけど言葉で言われてるほど何とも思われてないなぁと感じるよ。
昨日酔っぱらって階段ですっころびましたみたいな話題の方がよほど相手の感情を動かしているように思う。
たぶん俺の知識が浅くて話スキルが低いからなんだろうけど。
確かに一人になれないことは無様で無駄なことなのかもしれませんねー。
なんでこんな最低の糞女とお前らはやりたがるのか、と。
もう放っておいてくれ、と。
ああ駄目駄目、憎んでも始まらないし…。
引きこもろうかしら、くすん。
決めるのはもちろん私ですが、
ほかの人が聞いたら(読んだら)
どう思うのかなあ?と思っただけです。
あなたの感覚はとてもまっとうだと思います。
ああ、普通はそう感じるんだな、と参考になりました。
ありがとうございました。
戯れごとという雰囲気は否めないなあと自分でも思いました。
この私が真剣に付き合うなんていう言葉こそ白々しいと我ながら苦笑。
これまで「ほんとに好き」と思った自分の気持ちが、
全部うそのような気がしているくせに。
相手が私にくれたたくさんの愛の言葉や、
それらしき態度や行為すらも、
とてもうそくさく感じていて、
だから結婚しようとかいわれても、
はしかにかかっちゃったのかな?いつ治るのかな?
という感じで、重く受け止められない自分が居ます。
その中で何かを確実に失った気がします。