2007-02-24

大学教員をしています.客観的に見て日本国内では学歴エリートだと思います.

でも貴重な時間を割いてこのエントリを書いているようではきっと自分自身馬鹿だという自覚は少なくともあります.

http://anond.hatelabo.jp/20070224094417

後半の「頭のよさを安全に剥き出しにする訓練」=前半の「頭のよさを謙遜する処世術自然と身に付いてた」としか読めんのですが.

この方は頭が悪いから,人生の前半の訓練によって得られた方法が,社会人になってから通用しなくなってモデルチェンジせざるを得なくなっただけ?じゃないの?過去の行動が無駄だったと思うならあんた馬鹿だってことだよ.

基本的に,頭の良さを出すか出さないか(=「傲慢」or「謙虚」の選択)は手段にすぎず,目的として成果を求めるのが仕事っていうものだと思うんだけど.

傲慢な親心をもって「遠謀深慮」って言葉を贈る.

http://anond.hatelabo.jp/20070224120207

研究室学生を預かる立場としては,「努力するという才能」の存在を痛感することがしばしばあります.

分野にもよりますが,研究者になる上で頭の良さより別の才能(いい意味での馬鹿さとか)が求められていることはもはや常識だと思っていましたが.

努力できる(特に「し続ける」こと)ことが才能に含まれないような書き方だったので,少し気になりました.

コミュニケーションや世渡りの才能が乏しいことで悩んでいらっしゃるようですが,個人的には会社大学の様な上下関係がしっかり確立していない別の環境,例えば地域のボランティアなどでの経験をおすすめしますよ.視野が広がります.

私自身も若いときは「何も失うもののない状況なのに、人前でおどおどしてしまって言いたいことが言えない。もちろん得をした点もあり、「素直で礼儀正しい」という評価を失ったことはない。」という感じでしたので,人ごととは思えず.

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