はてなキーワード: ガールズバンドとは
先日、市民イベントや街中ポスターでガルクラ知った川崎民の話の続き。長くなったんで、その1
ブルーレイ付きってなってるやつを上から順に買ってしまったのでMVやアニメ見つつ「川崎とは」問題にふれてみたい。
いやびっくり。言われてみると1年前に出した1曲目は歌がだんだん聞こえなくなってて何を言ってるのかもわからなくなってるが、最近の歌はめっちゃ声量が出てるしパンチあるし、すごい。8話の迫力も凄いし、こんなゴリゴリっとした16歳を見たの坂本真綾以来じゃないか。オッサンのファンが一気に増えそう。
ガールズバンドクライ主題歌歌詞だが、固有名詞は一切出してないので「別に川崎を謳ったわけじゃないっすよ」と逃げる気まんまんという気はする。その腰砕けな態度の時点で劇中の仁菜ちゃんの体当たり性格とミスマッチではなかろうか。プロデューサーお前だぞお前。で、このガルクラを川崎とタイアップで作ってく企画については、音楽系の人たちの川崎いじりの流れを汲んでる気がする。
ちょっと前からフィクションで時々あったが、こっちの受け止め方としては「魔界都市新宿」とか馳星周の新宿とかと同じジャンルという受け止め方だった。新宿や渋谷がこすられ過ぎたんで川崎で新味を出してきたんだろうな、ぐらい。親戚のおばさんが町内を毎日掃除してゴミ出しの整理をしてるような町で陰鬱な国際犯罪が行われてたりするのはギャグですらあった。
ラッパーの人らが川崎をアイデンティティに押し出してったあたりで流れが変なほうに行ったなあ、という感じ。嘘はついてないけどフカシは相当してるよね、ぐらいの大げさアピールで、売り込むためなんだろうけど。最初は面白かったんだけど、ネタいじりが繰り返され、うざったくなってきた。
川崎が舞台でタイトルにクライがついてるので、たぶんガルクラと合わせて川崎クライシリーズとか言われるはず(言われない)。さておき上記のラッパーの人らの延長上みたいな川崎描写(原作デビルマンの最初のサバトシーンが川崎のそういう場所になってる)で、途中で行政区分川崎区の中でやたら悪魔が出現するというトンチキな描写が挿入される。周囲を山と海に囲まれた地方都市が舞台じゃねーんだぞ。まっ平で交通量も頻繁で交通手段も豊富な首都圏のど真ん中エリアで川崎区だけ悪魔が溢れてるってどういう描写だよ。湯浅政明の才能って実はイマイチではと疑った最初であった。
新宿、渋谷、池袋、上野といった都心部の繁華街のほうがよほどアレ。あるいは周囲の監視の目が光ってる閉塞した熊本よりはそりゃ川崎は住みやすいだろう。
一方で「関東周辺と比較した場合、社会人には住みやすいけど、子育てにはお勧めできない街」と思う。
熊本出身者が川崎の民度を下げてるなどと言われがちだが、川崎はそもそも上京してきた人たちの溜り場である。京浜工業地帯で働くために、あるいは都心に出勤するために、東北や甲信越、九州や沖縄、朝鮮半島やブラジル、ネパールやベトナムetc...から出てきた人たちが10年単位で住んでいる。ルパさんは南アジア系らしいが、20年前の話、京急駅前の立食そばで働いてたおばさんお姉さん曰くお父さんがグルカ兵だったそうだ。実家でも駅前で寝てたイラン難民を連れてきて住み込みで働いてもらっていた。
ヘイトスピーチビジネスの連中が川崎で活動してたが逮捕者を出すなどして現状では川崎での活動を縮小してる。最近になって埼玉で活動してるのはこっちを追い出された連中が居場所を探してあっちに食いついたのでは。
大田区蒲田と川崎区、多摩川河川敷の工業地帯の下町で条件は同じでも家賃が違う。羽田空港へのアクセスのせいもあるだろうが、似たような所得層の似たような街並みでも川崎のが安い。結果、都心で働く人、都心の学校に通う人が選びがちなのが川崎で、京浜工業地帯で働くために通勤で通ってくる人と人数的にも拮抗しており、両者はあんまり交わらない。東京の予備校に通う仁菜ちゃんに川崎市民意識があろうはずがないのだ。
これは異論あんまないかと。自称保守という名の全く保守する気がない利権屋集団がいまだ蛇蝎のごとく嫌う美濃部都政ってやつの遺産がデカいと思う。
川崎(川崎区、幸区など京浜工業地帯近辺)は伝統的に低所得層の町だったため進学率が低く、児童も、児童の親も、教師も、残念ながら外れを引く可能性がある。
具体例。80年代前半の川崎区内小学校、小6の頃だが、担任は児童をどなりつけ椅子を蹴り、男子児童は移動教室というとサボって校庭で遊びまわって、音楽の先生は毎週泣いていた。その騒いでる児童間でも権力闘争やってて先週までボス格だった子が学級会で子分格の子らから名指し批判され追い落とされたりと10年早い世紀末を演出していた。学級崩壊という言葉がメディアに出回るよりだいぶ早い時期の話である。昔の話だろと思うかもしれないが、それからおよそ十数年後に同じ学校の授業参観に参加させられる羽目になったところ、やはり教師は生徒をまともに見る気がなく野放しの児童がフリーダム。自分の時ほどではないが、たぶんあまり変わってない。
中学校事情は私立受験で都内に進学したので実情は知らないが、行くはずだった学区公立中で新任若手教師が生徒らに虐められ失踪、行方不明になったという新聞記事が地元欄に出たのが中3の頃。
自分もそうだが、結局のとこ横浜にも東京にも近く進学先を選びやすいので、そこそこの所得層は地元川崎での中高進学をあえて選ぶ必要がなく、余計にそうなりがちだったのかもしれない。
神奈川の川崎区〜幸区あたりが主な舞台ということで、オープニングの以下の歌詞が注目されている。
腐敗した街の泥水が冷たい
嘘みたいな馬鹿みたいなどうしようもない僕らの街
どうせ終わってる街だって諦めたって変わんないぜ
川崎区民として思わず笑ってしまったが、実際のところ川崎は非常に住みやすいところである。
大体川崎でなんでも揃うし完結するのに、横浜にも東京にも出やすい。
「腐敗した街」「嘘みたいな馬鹿みたいなどうしようもない僕らの街」らへんはまあ、そうかもしれない笑。
だが全く終わってはいないし、このレベルで終わってる扱いしたら他の街に失礼だと思う。
西口にはラゾーナ(商業施設)、ミューザ(音楽ホール)などが立ち並ぶし、
東口には銀柳街や仲見世通り(飲み屋街)、チネチッタ(シネコン)、南町やら堀之内(夜のお店)で賑わっている。
少し足を伸ばせば競輪場(リニューアル中)や競馬場もあり、娯楽には事欠かない。
また優れた性能のゴミ焼却場があり、横浜より断然ゴミ出しは楽だ。
川崎市の人口は右肩上がりで、全国の市町村で6位につけている。
市税収入は3,812億で、これは全国4位だ。
確かに産業道路やら池上町あたりの川崎南部地域は、京浜工業地帯全盛の時代に比べれば衰退してる。
かつて焼肉屋がズラリとならんだセメント通りも、西の屋、東天閣、あとは数えるほどの焼肉屋しかない。
扇島からJFEが撤退(高炉休止)するのは大きな痛手だが、うまく空き地を利用できればまた盛り返せるだろう。
件のガールズバンドクライも6/29の川崎100周年フェスに出場するらしい。
市政を寿ぐイベントで例の歌詞を歌ったらメチャクチャロックで面白そうだ。
他にも色々なイベントがあるので、皆さん是非きてみてほしい。
最初は3Dということでなんとなく敬遠していたのだが、自称硬派アニメオタクたちが大絶賛していたようなので、最新話まで見てみた。
まだ8話の段階で評価するのは早すぎる、って言うのはごめん。それはその通りだと思う。
いや、もちろんつまらなくはない。
3~4話くらいまでの感情の変化は面白かった。曲も良いし3Dもめちゃくちゃ綺麗で新鮮だ。
あと、見せたいのはメンバー間の素直な感情のぶつかり合いなんだろうけど、単に俺がそういうアニメにそんなに惹かれない、ってのはあるかもしれない。
これがいちばん引っかかった。
・資金調達なども苦労してるように見えない。ライブやグッズ、衣装を当たり前のように用意しているようだが、その金はどこから?
・特に歌の能力に関する描写のない主人公、高校だけバンドやっていたというスバル、元有名バンドを脱退した桃香、あとなんか有名な6話から出てきた2人
のメンツで、事務所やマネージャーなども無しに、とんとん拍子に人気が出るようになっていくのかわからない。
→仮に「桃香のネームバリュー」と反論されるとしたら、「それ、アニメとして意義ある?」となる
→仮に「主人公の歌への感情のこもり方が心に響くから」と反論されるとしたら、もう少し抽象化すると「虐めや過干渉の被害者=歌で人を説得できる才能の持ち主」、という主張になってしまう。浅くても良いので、例えばせめて歌うことは昔から好きだった、とか納得のいく前提が欲しい。
→仮に「そこが見せたいところではないので省いている」「アイドルアニメなんてそんなもん」と反論されるとしたら、まあ理解はできる。でも、アイカツやラブライブみたいな明らかな2次元に閉じた作品ではなく、3Dかつ実在する要素を多数入れたリアリティっぽいアニメで、ダイヤモンドダストに勝ちたいというのが主人公と桃香の対立構造の中心にあるのであれば、(メンバー間でのいざこざはあれど)「あ、そこはリアリティ無しにとんとん拍子で上り詰めて行っちゃうんだ〜」とは違和感あった。
##主人公が、ルパと智に対してたった1〜2話で距離詰めすぎ。人見知り設定はどこに行った?
・すばるに対しては最初はかなり拗らせていてまるまる一話使ってその心情変化を描いていた。
・一方、後から出てきた2人は6話から出てきたのに、その人見知り設定が放ったらかしに。あれ?克服した描写あったっけ?
・挙げ句の果てに、なぜ古くからのバンドメンバー並みの距離感になっていて不自然。いくらなんでもそうなるか?というのが率直な感想。
##要所でのライン超えの行動
ミーム化を狙ってるのか知らないけど見ていてキツい行動がそこそこ出てきて恥ずかしくなる。
・2話か3話でライトを振り回してたけどちょっとドン引きした。
脳内物質の分泌に問題を抱えた女の子たちの、衝動に任せた刹那的な生活の物語。
公共の場で暴力行為や罵り合い繰り返す彼女たちに対し、周りの大人は冷たい目を向けるだけで何もしようとしない。
社交性が欠落しやたらと攻撃的で、互いの事を何も説明しないせいですれ違っていく感じは、ある意味で実際のバンドマンらしさもある。
いまのところ話の進展はほぼないが、なぜか主人公たちのバンドは人気が高まりつつあるらしい。
その前に登場人物の誰かしらの預金残高が尽きる気がするのだが。
性格がピーキーな登場人物をキャットファイトさせることで、何か物語が進展しているように見せかける手際は、いかにも花田十輝らしい。
ただ、見せ場のために非現実的で衝動的な行動をキャラクターに取らせる悪癖が、このアニメにおいては奇跡的にマッチしている。
最新話で、雨の中、軽トラの前に飛び出す主人公や、メジャーアーティストがステージ衣装のまま楽屋裏から屋外に駆けてくるシーンは、
思わず「そうはならんやろ」とモニターにツッコミを入れてしまった。
1話で切った。1話はよくできていたが、オリジナルストーリーで再スタートを切れなかったのは致命的失敗だろう。
原作に詰め込まれた小ネタのキモになる部分を巧みに採用しつつ、映像化に際してテンポを落とさないようにチューニングされている。
カットされているセリフが聞きたかった、と思うことはしばしばあるが、大きな不満はまったく無い。
「今期の覇権アニメ」といった刹那的なポジションではなく、耐用年数が長く何度も見返せる作品を意識しているのだろうか。
映像化に際してかなりの準備期間・制作期間をもって作られているらしいところがあるので、
3クール目がまだまだ先になるのでは無いかと懸念している。できれば、迫力のある絵で劇場でやってほしい。
制作会社が変わったせいか、どうも会話のテンポ感にハマりきらないところがある。
パッと見は作画が変わったくらいで、劇伴や声優はこれまでと変わらないだけに、この「ハマらなさ」がどこから来るのかがよく分からない。
たしかに、原作でもこのあたりの話は間延びしている感じはあったのだが、広角レンズを使った大コマの迫力があるぶんあまり気にならなかった。
アニメの場合、広角のシーンでもパンが振られていたり、キャラクターが動いているせいで逆に安っぽく見えるときがある。
視覚のすごみに欠けるせいで、見せ場となるシーンが単なる長回しになってしまい、テンポが悪く感じられるのかも。
予断だが、賛否両論あった映画のオリジナルストーリーは、個人的には大好きです。本編に影響がない未来の話だし、あれくらいやったほうがよい。
冬のオフィスに出社したときのひんやりとした空気感などがよく伝わってきたところが良かった。
3期は、キャラクターに「寒い」と言わせなければ寒さが伝わってこないような感じがある。いちゃもんっぽい批判ですが。
前回のアニメ化は1話しか見ていないので、話も含めて実質初見視聴。
概ね楽しく見ているが、街の風景や旅路、宿屋や酒場の描画が、全て同じに見える。リアリティが無いというか、生活感を感じられない点がちょっと気になる。
もっとも、この作品の面白さは何と言っても会話劇にあるから、背景の描き込みはほとんど気にならない。
主役の二人はもちろん、モブも交えた会話でも、小粋なセリフ回しで心地がよい。セリフそのものの魅力に、声優のバフがかかっている感じ。
この作品なら、動くアニメではなくて、朗読劇や舞台で見ても面白そう。
原作未読で、アニメで初見。さすが横手美智子とうなる軽妙な脚本。宮野の当て書きじゃねえか、とツッコミを入れたくなるくらい、宮野がハマっている。
記憶喪失の人物を通じて、野球という題材の汗臭さや泥臭さをメタにネタにしつつも、
当事者たちが取り込まれるある種の狂気も、野球未経験者にも分かりやすく伝わってくる。
うっとうしいくらいのギャグが脳に残ったところで、登場人物のシリアスな過去もばっちりと魅せてくる。
ダンジョン飯もそうだが、このアニメもキャラクターの作画上の演技が細かくて見入ってしまう。
アクションシーンが長いのではなく、さりげなく差し込まれる捕球のシーンなどの動きがよい。
グローブに球が収まるときの反動や、投げるときの重心移動の身体感覚が、視聴者に自然に伝わってくる。
増田は野球未経験だが、バッティングセンターに行ってみたくなる。打てるのかな。
吹奏楽部を題材にした学園サスペンスもの。ファムファタールに出てきそうな新キャラを交えて、陰湿さにもオーバードライブがかかっている。どう考えてもNHKの日曜夕方17時に放送していいアニメではない。なんとなくだが、売上の一部を不登校支援の寄付などに回したほうがいいと思う。
要するに、そのくらい心理描写が細かいアニメだと思う。破綻の無い作画もさることながら、表情やカメラワークが良い。黒沢ともよは化け物。アニメの黒沢ともよの演技が凄すぎるせいで、この作品は実写化できないんだと思う。
原作は未読だが、ねちっこい女性同士のからみにフォーカスして構成するあたりが花田十輝らしい。
それと、京アニのキャラクターの演技ってやたらとわざとらしいよね。顔の前で手を合わせたり、わざとらしく頭を掻いたり。変に心理描写が細かいから、そういうアニメっぽい仕草が浮いて見える。
一部重複あり。
「成功難度が低い」なんて一言も書いてなくて「流行っていない」としか書いていない。作品数が少ないからブルーオーシャンだけど、客が少ないからブルーオーシャンとも言える。
パトレイバーにおけるバトルシーンとか、ケイオンにおける演奏シーンとか、一部の神シーンの為だけにアニメを試聴し続けるの本当にストレス溜まるし良い事無いよ。
ガールズバンドクライも同じ理由で切った。歌うシーン見せたいだけで後全部茶番だからなあれ。 anond:20240511072241
https://anond.hatelabo.jp/20240510105151
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240510105151
ブコメで「アニメがコケてソシャゲが下火になった」具体例をと言われたので上げてみる。元増田とは別人です。
アニメは2018年秋クール、ゲームもほぼ同時の2018年10月リリースでアニメ放送終了直後の2019年1月にサ終。そもそもアニメ放送中にサ終発表の異例の展開。
元々ゲーム品質が悪かったため、アニメの影響というよりも完全なる共倒れ。キャラデザが桂正和で声優陣も人気声優だったのに。
アニメは2018年秋クール、ゲームは2017年9月リリースの2019年5月のサ終。元々ゲーム自体が低調だったが、アニメも新人声優(モデル出身)の棒演技ばかり話題の爆死。
アニメの爆死がゲームにとどめを刺した形に。こちらは広井王子作品。
アニメは2022年夏クール。ゲームは2021年3月リリース。2023年3月サ終。漫画の連載も同年5月で終了。原作ニトロプラス。アニメ終了直後のサ終でもないので、割ともったほうか。
完全に同作品ではないが、関連作品でアニメ「新サクラ大戦」が2020年春クール、ゲーム「サクラ革命」が2020年12月リリースの2021年7月終了。サクラ革命自体も2020年9月にYoutube配信。
こちらも広井王子作品。人気シリーズだったがゲームの品質が良くなく、後発のウマ娘の大ヒットもあり「馬に蹴られて死んだ」と揶揄される。
こうして見るとアニメの爆死に巻き込まれたと言うよりも、元々低調低品質だったゲームがアニメ終了と同時にサ終したものが多い。
今となっては人気メディアミックスシリーズだが、アニメ第一期は脚本と作画が悪く爆死。さんざんネタにされるもゲームのヒットと後続のアニメシリーズでの立て直しに成功。アニメ2期以降の体制一新のおかげか。
アニメ1期が2018年春クール、ゲームは3年遅れの2021年2月リリース(アニメ2期と同時期)。
本来はゲームもアニメ1期と同時リリースの予定だったが、アニメの好評とは裏腹にあまりの低品質のため完全作り直し。
仮にリリースを強行していれば凡百の色物擬人化コンテンツの一つとしてネタにされ続け、現在の競馬ブームもなかったかもしれない。
ゲームは2013年4月にリリースし現在も稼働中。アニメは2015年冬クールに最初のアニメ化。
以降劇場版や2期(1期とは別の話)が公開される。1期放映時に散々まとめサイトで爆死だ何だと叩かれていたものの、
円盤の売上自体は好調だった。ゲーム自体も10年を超えて稼働している人気コンテンツ。ウマ娘と違い新キャラを投入しづらいのがネック。
2018年冬クールに第1期放映。2024年4月現在3期目。ロケ地は聖地観光で観光客を集め、アウトドアブームの立役者と呼ばれるほどヒットする。
一方でゲームは2023年6月にリリースするも直後からバグ障害頻発、ゲーム自体の低品質もあり2024年2月から2ヶ月掛けて長期メンテナンス。
ウマ娘(パワプロ)型の育成ゲームをゆるキャン世界に導入するという蛮勇。3期放送終了後にどうなるか注目。
経緯が複雑すぎるので書きません。
最初に断っておくと、これは個人的なリアリティラインと制作側の演出のリアリティラインが合ってない、結果として「嫌なら見るな」でしかない話。ちょっと期待してた分のガッカリした気持ちを吐き出したいだけだ。
ガールズバンドクライは、何らかの問題を抱えた少女たちが出会いバンド活動を通じて自己実現していく系の作品だろうと思って視聴し始めた。まあそこは実際どうだかはおいといて
といったことからも、バンドにまつわる描写にはとくに本腰入れてリアリティ出そうとしてるんだと思った。音楽周り中心に周辺事情はちゃんと描くからこそ、ぶっ飛んだキャラ設定などのフィクションならではの部分に対して嘘くささを忘れられてドラマ性が高まる、そういうもんだと思ってる。
が、実際には1〜2話では逆の、とくにバンド関連の嘘が、演出だとしてもひどい印象だった。
なんかこの辺、要らん嘘って感じで、ストーリー展開のための嘘にしか思えず、演出だとしても筋が悪いように感じられて、視聴のノイズでしかなかった。
1話で仁菜のギターの扱いが酷いのは単にど素人だから別にいい。仕方ない。「他人の」「楽器」ってだけで大事に扱う常識的な感覚、を持ち合わせていないキャラで構わない。あと1話は、仁菜の住む予定の部屋の隣、そんなアパートに小さな子いる家族で住む?みたいのも気になったがあり得なくはない。2話での、壊れたシーリングライトをスイッチもブレーカーも落とさず着けるシーンは危ないのでやめて欲しいが、そこが無知なのは仕方ないというか全然有り得る。ちょっとした家電の知識すらない大人も現実にいる。そういうのよりスマホリテラシーの偏りの方が不自然に思える。ストーリー都合過ぎる感じがとてもした。
3、4話ではノイズになる嘘が減ってきた。3話の歩いてない鳩の首リズムも嘘だが、ストーリー展開が絡まないギャグ演出みたいなもんなのでそこは許せる。
冒頭にも書いたけど結局は個人のリアリティラインと作品のリアリティラインがズレてるだけの話。気にならない人には気にならない。
こういうこと書くとダブルスタンダードっぽいが、例えばバンド活動を主軸に扱った作品でも、以下のようなものはフィクションとして気にならない。
少なくともガールズバンドクライという作品で描きたいであろうテーマからすれば、上記に挙げたようなところはフィクションで構わないと思える。まあチートというか。例えば「バンドって金かかるし貧乏生活になるよね、そこをどうあがいて脱していくかを描きたい」ってんなら話は別だけど。なんか「いないパートの楽器の音が鳴る」のはチートじゃなくて、シンプルに嘘なんだよね。
花田作品は結構、ストーリー都合の「付かない方が世界観の品質維持できてよかったろうにという嘘」が多い印象はある。でも全部が全部自分に合わないわけじゃなくて、監督やどの辺に監修入ってるかとか、何題材にしてるか(→見る側のリテラシー変わってきてリアリティラインも変わる)などで結構変わる。