人に言ったら困った顔をさせてしまうからあまり口には出さない。
検索すると、自己肯定感がどうとか、うつ病の症状だとか、いろいろ言及されている。
答えは無理矢理まとめりゃ大体「前向きになれ」。
しんだ方がマシだとは思えない。
しのうとも思えない。
生きてても死んでてもどっちでも変わらないと思う。
いてもいなくても社会に影響はないから、他人に迷惑かけないようにひっそり息をしてる、それだけ。
CMで、使えないからゴミなら使えるようにすればゴミじゃないと言っていた。
それなら使えるようになればいいかなと頑張ってみたこともある。
結果、使えるゴミが育っただけだった。
汚いゴミ箱は人に迷惑だからなるべく身の回りはきれいにしている。
いつか回収されるなら、それもいいかなって思う。
人に話を聞いてもらえなくても、自分がゴミだと思っていれば「まあゴミの話は聞かないよな」で終わる。
親切な人がいればゴミの扱いさえも丁寧な聖人に見えるし、自分の周りで関わってくれる人たちのことまで汚さないよう迷惑かけないよう過ごしてる。
自分がゴミを捨てるとき同族意識が募るから、物を大切にするようになった。
使い捨てのものはあまり使わなくなって結果ゴミは減ったから、環境にも優しくできているのかもしれない。
ゴミと人間を比べても意味がないから、他人と自分を比較することもなくなった。
他人の感情やライフステージの変化にダメージを受けることもない。
とりあえず細々と誰の迷惑にもならないよう過ごしている。
頼まれれば地域の活動にも参加して、仕事だけこなして帰ってくる。
誰かに褒められることもないけど誰かに誹られることもない(と思う)。
というより、そこまで興味を持たれていないと思う。
それは謙虚と言えるかもしれない 少なくともネット空間ではね 言論の自由と言うが、ゴミの掃き溜めにしかなってないのが現状のインターネットだろう そこで「私はゴミです」と自己...