日本ではウィル・スミス擁護の色が強く、米国ではウィル・スミスが悪いという論調が強い。
ウィル・スミスは愛ゆえにあの行動を取ったわけではないとか男性性の発露がとかいろいろ言われているが、ではコメディアンという立場ならいくらでも他者を侮辱してよいのかという問いについての答えは少ない。
文化が異なれば笑いも異なるが、彼の国においてコメディアンの皮肉悪口罵倒は許されている。クリス・ロックが壇上で何言おうが笑うか聞き流すのが米国では分別のある振る舞いだ。
翻って暴力は絶対に許容されない。コメディアンの悪口はどこまでエスカレートしてもFワード止まりだが、暴力がエスカレートすれば銃をぶっぱなすのが米国だからだ。人が死ぬのである。
日本において暴力がそこまでエスカレートする状況というのにはほぼ遭遇しないし、それを前提に我々が暮らすこともない。だが、西の大陸では銃とかいうクソヤバい殺人おもちゃが誰でも買えていつでもぶっ放せるのである。彼女の家に行ったら日本刀もったお父さんが待ってたなんてヒヤリ話がジョークとして語られるが、向こうではマジにショットガンぶっ放しにくるパパにあふれているのだ。
日本からすれば異常ともいえるほどの暴力への忌避感はそういったいきなり人をぶっ殺せるおもちゃが一般販売されまくっている現状が原因だし、頭良さげにウィル・スミスの暴力を咎める知識人たちも半数近くはお家のタンスにオートマチックが一本置いてあるのがアメリカという国である。
日本において人口10万人あたりの殺人発生率は0.25件、アメリカにおいては10万人あたり6.28件、25倍近く人が死ぬのである。
日本人にとって他者から与えられる死など交通事故など偶発的なものでもなければ想像もしない。だから多少の暴力にも目くじらをたてることはない。