同期に抜かれ、後輩に抜かれ、非常に辛い気持ちだ。
なぜ辛いのだろう。
虚栄心とは人によく思われたいという気持ちで、野心は何かを自分の力で成し遂げたいという気持ち、と言ったのは塩野七生だったと思うが、俺は虚栄心が大きいのだと思う。昇進をして何かを成し遂げたいという気持ちはなかった。みんなで受ける昇進試験に自分も取り組んで、みんなと一緒に昇進をしたいだけだった。それができなくて、恥ずかしくて、辛いのだ。
人に遅れを取ったことはあまりなかった。概ね、マジョリティ、しかも結構優位な立場で社会生活を送っていた。
そういうコンプレックスからは自由に生きていた。俺は、俺が優れている人間だと思っていた。評価もされていた。薄っぺらな言葉ではなく、人事評価という形でも返してもらっていた。
それが、これだ。
あまりにも辛くて、転職活動もして、悪くない条件のところに拾ってもらえそうだった。だが、最後の最後で踏み切れなかった。
なぜ踏み切れなかったか。拾い先がネット上でクソ叩かれているところで、就職したところで胸を張れそうになかったのと、少子高齢化の影響をモロに受けて30年後には倒産してそうだな、と思ったから。
転職の動機がネガティブなら、転職をやめた理由もネガティブだな、と気がついて本当に嫌になった。
思い返してみれば、何かをしようという強い動機がなかった。ずーとそうだった。みんながすることをして、その中でたまたま悪くない位置を占めてきただけだ。
屈辱、汚辱、とんでもない悲しみ、身も世もない恥で息も苦しくて、後輩にタメ口をきかれて、席次を譲って。クソが!!!!!!!!!
今、俺は組織に拉がれようとしている。ないがしろにされても、生活のために縋りつかざるを得ないから。なんてひどい人生になっちゃったんだろう。
そう思っていた。
だけれども、これは変わるためのチャンスなんじゃないんだろうか、と思えないでもない。小手先の昇進試験の技術をブラッシュアップするだけでなく。
少し野心的になろう。数年、昇進をフイにしている。取り返し難い。それでも、まだ、やり直せる。やり直せると信じたい。
もし自信を無くして挫けそうになったら、良いことだけ良いことだけ思い出せ。