はじめに
人がある思想を持つとき、ある程度の一貫性を持たねばならない。
日本人を殺してはいけないという思想を持つ人が、外国人なら殺しても良いとする思想をもつというのは難しい。
反原発を叫ぶときに、反自民にならなければいけないというような一貫性を要求されるときに私達は困難に直面する。
確かに自民党が原発肯定派であったとして、原発に反対するのであれば自民党に反対しなければ一貫性を保てないことになる。
この困難がそうであるように、思想上でもある思想を持っているのであれば、別の思想を持っていなければならないといういことがある。
私が考えた中でフェミニズムが持たなければ一貫性を損ねてしまう思想をリストアップする。
反原発がそうであるように、自民党を肯定していてても反原発は主張できる。
しかしこういった困難は先に見えていれば冷静さは装うことはできる。その意味では無駄ではないのだ。
女性性と男性性の違いを述べるときにそれは文化や社会によって違いが異なる。
例えば日本では、女性性の特徴であるものが、海外ではそうではないことがあるかもしれない。
そうなると主張が弱くなるので、国内限定にするか、全世界を射程に収めなければならない。
世界主義的に考えるのであれば、女性性を普遍的に考えなければいけないだろうし
国家主義的に考えるのであれば、女性性を特殊的に考えなければいけないだろう。
女性の権利を拡大を目指すときに、男性性、女性性を語らなければいけない。
そういったときに、男性性、女性性を語ることが女性性を規定してしまう時がある。
すべてを包括する女性性など不可能なので、男性が持つ権利を人間が持たなければいけない権利とし
こういった思想を持つと、人間という種族を肯定しなければいけないし、世界主義へ接近することになる。