クリロナは顔がいいから自己肯定感があって、自己肯定感があるから思う存分努力ができて、努力ができたから成功した。
もしもクリロナが日本のキモオタみたいな顔だったら、周囲からいじめられて自己肯定感も育まれず、自己否定ばかりの毎日で、無気力になって、努力なんてろくにできなかっただろう。
結局、顔。
クリロナは人類のトップだが、このレベルじゃなくても、人はまず自己肯定感があって努力を始める。
日本でもそうだろう。クリロナから見れば日本人なんて全員奇形の猿に過ぎないが、それでも日本人の中で顔面偏差値の優劣はある。
運良く日本の中で顔面偏差値55以上だった人間は自己肯定感を得ることにそれほど苦労しないので、努力が必要な局面において、普通に努力することになる。
しかし顔面偏差値55に達しない人間は周囲からいじめられ、自己否定の毎日を送ることになる。
自己否定ばかりしていると、努力が必要な局面においても「こんなことしてもどうせ……」という思いが邪魔してしまう。
しかし、ある程度結果が出た場合にしても、今度は顔面偏差値55以上の人間たちが、「お前の出した結果はたしかに俺らより上だが、結局お前は顔が気持ち悪いからなあwゲラゲラw」などと罵られることになる。
どんなに努力したところで罵られるという結果は変わらない。
顔が悪いということは受け入れたつもりだった。だから努力して見返そうと思った。でも努力して結果を出しても結局は罵られた。
世の中は結局顔面偏差値55以上の連中の世界であって、最初にあっち側に自分の身を置けるかどうかですべてが決まる。世の中の人間にとって当たり前のスタート地点に立つということが最も重要なことなのだ。そこから漏れてしまうともうどうにもならない。そしてこれは生まれた時点で、いや、受精の段階ですべてが決まっている。
なぜ絶望するんだい? 君の日本語は上手だよ