実家を出ることを決めてから3ヶ月が過ぎ、私はバイトの最終日に居酒屋の厨房にいた。
その居酒屋が近所に出店してきたとき、心地よい気分はしなかった。
春、私は休学届を提出した。
ただ大学を休んでいるだけでは親に申し訳が立たないから、バイトを募集していたその居酒屋に渋々応募した。
酒と明るい雰囲気で溢れかえる、私が大の苦手とするものに囲まれて、隅っこの方で皿洗いでもしながら細々と給料を受け取るのだ。
現実は違っていた。
アルバイトなど経験していない病身の私に、手とり足とり調理の方法や、ホールでの立ち回りを教えてくれた。
それまで聞くだけで反吐が出た冗談も、その使いどころを間違えなければ面白いのだということも分かった。
お客も酒乱ではなかった。
いつも薀蓄を垂れる巨漢のおじさん、レストランがわりに通う家族、社員(ニックネーム)を甘いジョークでからかうおばさん軍団、等々。
ある老夫婦にすっかり気に入られ、彼らに日本酒を注ぐのは私の仕事になった。
先月、誕生日を迎えた。
他の人たちも、それぞれにプレゼントを渡してくれた。
家族以外の人間からプレゼントをもらうなんて、これが初めてであった。
その時こそ明るく振舞ったが、その日の家路で立ち止まって泣いた。