さわやかな日曜日の朝、香ばしいコーヒーのにおいに導かれて、寝起きのぼくはママに挨拶しにいこうとしたけれども、
その前にパパを起こしてあげなきゃと思って、「パパおはよう!」って元気に寝室のドアを開けた。
「おいおい、今日は日曜日だよ」と、ねむたそうに言うパパは、きのうまで働きっぱなしだったから、疲れているのはむりもない。
パパのボールはとっても速くて、バットのスイングも力強いから、ぼくの最高の練習パートナーなんだ。
「ねえねえ、公園に行こうよ、起きて起きて!ママがコーヒーを淹れて待ってるよ」
「勘弁してくれよ。もっと寝かせてくれ」
ぼくはがっくりして、いったん寝室を出ようとするものの、ドアをにぎる瞬間にひらめいた。
よーし、ベッドで暴れちゃえ!
その日の夜、ぼくが部屋で読書をしていると、ママがノックした。
「パパのボールはつぶれて、バットは折れちゃったんだって。ママ、今からお見舞いに行ってくるね」
ああ、もうパパとは野球ができないんだって思ったら、急に泣きそうになったけれど、ぐっとこらえて、
「ぼくも行く」と言う。
「だめよ、あなたはお留守番していなさい。ごはんは作っておいたから、食べて待ってて。なるべく遅くならないようにするね」
夕飯の野菜炒めはすこししょっぱかった。
ランプの明かりがほのかに照らす薄気味わるい部屋の中で、自分の咀嚼する音を聞きながらちょこんと座っていると、
にわかに朝の記憶がよみがえってきて、きょう初めての涙がほろほろ流れた。
「お前もいずれは立派な大人になるんだぞ。パパはいつでもお前のそばにいる。」
いつかパパの言った言葉が頭をかすめる。
パパのようなかっこいい大人になりたいのに。
なんで置いていっちゃうの。
ぼくは、パパともういちど野球がしたい。
ママからの電話は、のこった野菜炒めの皿を冷蔵庫の中に入れようとするときに鳴った。
「入院中、DVDを見たいってパパが言うから、わるいんだけど、あなたパパの書斎から探して持ってこられる?」
荷物であふれるパパの書斎を探っていると、見慣れないパッケージのDVDが目にとまる。
"豹変"ってなんて読むんだろう。これを持って行って、パパに聞いてみよう。
そう思ったときだった。
ぼくのボールとバットは、みるみるうちに大変化を起こし、大人の階段を一気にかけ上ったのだ。
その瞬間、ぼくはすべてを悟った気がして、パパに申し訳ない気持ちになった。
パパのボールとバットが駄目になった時点のインパクトが強すぎてそれ以後子供に何が起こっても大して印象に残らないわ。