夏の始まりは不器用な着こなしの僕を少しだけいらつかせる。特有の湿度と暑さはコンクリートの上、うだるような空気をたゆたわせる。ポケットの片方を重たくさせる携帯電話を手探りで取り出すと、ガラス面に付着した手汗を拭う。太陽の光に照らされた画面はスライドひとつ上手く反応してくれない。嫌な季節、そう考えて仕方ないはず。それなのに弱った電波で検索するキーワード、「夏 花火」を入力する。蝉の声も届かないビル街に無数の電波が放射され、希望や期待を込めた言葉をインターネットに届ける。微弱な電波であっても、ゆっくりとした速度であってもいずれ提示される結果。検索していたのはキーワードの先にあるもの。
清涼飲料水のCMのような恋を画面の外、カメラ越しに見ている。ひとつの季節が始まるたびに彼女の手を引く誰かは僕ではない誰か。色鮮やかに進化していく画質と裏腹に荒くなる現実のピクセル。色彩の足りない画素。鈍色の海としずかに揺れる波。湿ったイメージを打ち消すために、理想的な夏を形容するための言葉をいくつもいくつも検索する。
打ち上げられた花火にそれほど多くの彩色が施されていなくとも、暗闇の中で灯る光ならば見上げるほどに美しい。荒々しい音は光の後に遅れて響き、それはどこか恐ろしくもある稲光とは違う心地よさを生み出す。ふたりの周りで零れる感嘆とため息が疲れた日々の毒素を含んで昇華される。濁った空気と火薬の匂いと白い煙とが混ざり合い、月の表面を濁らせると、いつもよりも淡くぼんやりとした月明かりの下で夏の終わりが動き始める。
お洒落な彼女にはきっとストローの刺さったプラスチックのシャーベットが似合う。僕は缶ビールを飲もう。上目遣いで花火を見る彼女の隣で、抱えた下心が見透かされてしまわないように。見上げた先に広がる花びらを自然な装いで見つめていられるように。
駅前の交差点、横断歩道の手前で彼女のIDを見つめながら生み出された妄想は、青色に切り替わるサインと動き始めた群衆の中で散り散りになる。すれ違いざまにぶつかる肩が痛かった。