2020-06-30

政治家不信の上に政治アレルギー選挙憂鬱な話

 子供の頃からどういうわけだか政治家が嫌いだった。ただ嫌いなだけじゃない。穢らわしいとさえ思って嫌悪している。

 おそらく子供ながらの潔癖で汚職が許せなかったのだろう。幼い頃はとかくそういったニュースが多く、汚職事件なる言葉脳裏にこびりついている。(『お食事券』と勘違いして覚えていたせいかもしれない)

 それではいかん、と中学生とき生徒会役員立候補して自ら選挙ごっこに身を投じた。それでも政治家に対する侮蔑的感情は消えなかった。

 大人になって選挙権を得た。とりあえず毎度欠かさず票を投じてはいるが、当選した人は必ず私を裏切るに違いない、という不信感が拭い去れない。

 会ったこともない知らない人を勝手嫌悪して蔑んで疑って穢らわしいと思ってしまう。これの延長で、特定候補者政党を支持している人を、まるで怪しい宗教信仰であるかのように見てしまう。ただただ気持ち悪い。

 加えて政治の話をすることに耐え難い抵抗がある。

 政治の話は大切なことだ。生活に関わる。自分の将来にだって。そんなことは分かっているのに、往来で大声で性的な話をしているような抵抗がある。

 これの原因はわからない。いつからこうだったのかもわからない。どうすれば治るのかもわからない。個人的には政治アレルギーなんだと思っている。これにつける薬はきっとない。

 私は「何かしら追い詰められた人間政治の話をする」と思っているし、比較的それに合致することを見てきた。大学を3留した先輩はある日突然政治の話をし始めたし、就活に全部落ちた同期も政治の話が大好きになった。私にとって政治の話はそういう人達がするものなのだ

 せめて選挙の間だけは目を向けないといけないと、票を入れるべき候補者を信じなければならないと思ってはいる。思っているがそれをしようとするととてつもなく憂鬱だ。

 都民なので間もなく都知事を選ばなければならない。ただでさえ政治家不信に政治アレルギーなのに、勘に障る候補者ばかりが目立って不愉快まりない。

 けれど、初めてこの人ならと思える人が見つかったから信じてみたい。多分この人は当選できないと思う。悲しいか都知事選なんてもの所詮はただの人気投票で、私のように悩む存在の方が少ないはずだ。

 この人は目立っていない。この人はまだ若すぎる。それでも一矢報いることくらいはできるかもしれない。その経験をもって私も政治家不信と政治アレルギーから脱することができるかもしれない。

 せめて「選挙なんてのはエリート人気取りの奴らが私の一票ほしさに靴を舐めにくるのが最高に愉快だ」と思えるようになりたい。

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