多様性ということについてみなさんも昨今様々に課題と向き合っておられるだろうとおもいます。
そして寛容ということの難しさ(自分の対峙する課題を口にすることすら難しいこともあるでしょう)を痛感することとなった方が少なからずいらっしゃるのではと想像します。
就業中に役場の公務端末でパチスロや世間話や幼い女の子の動画に魅入ることを抑制することのできない男性同僚と、同じ職・地域・隣家で任務の遂行がどのように可能なのか(私の主な任務は赴任地域が安心安全で魅力的な育児環境を有していることを広報することによって地域の次世代問題に対処すること)。予想しなかった(この事が課題であると感じる私の感性を過敏であると受取る方のあることを認識することも含め様々な) 事態に私なりに(本来任務に邁進する傍らではありましたが)全霊で取り組んだのですけれど進捗が遅々とする中で年度末が迫りました。行政の納得のいく対応あるいは私の赴任地の変更がなければ公務を続けることはできないというのが私の考えでしたが、3月も終える間際までその方向性は見えてきませんでした(対応が形になるまでの報酬を頂かない休職も提案しましたが、かないませんでした)。対応の中で私の契約形態である特別職非常勤の公務員は一般労働者としても公務員としても法的な枠組みから外れていて職場での公的な仲裁の支援を受けることが出来ないこと─それは公務員の守秘義務等を記した公務員法の枠外であることでもあります─を知ることにもなりました) 。
私は新たな一年を真剣に公務に邁進する決意表明としての首長からの辞令の受領を行いませんでした。
この決断は公務に就くものとして(昨年8月不退転の決意で職に臨んだのではありましたが私の決意などそれほどの重力を備えてはいなかったことになります。私の職務の予算は特別地方交付税の対象でしたので全国のみなさんの税金から報奨を頂く身でもありました) 、また地域で接してくだすっていたみなさんへの私なりの誠意の示し方でもありましたが、 その結果現在私は公の職になく、よくして頂いた地域からも既に離れ(住居も職務とセットでした)数ヶ月が経っています。
私はこの課題を解決したり正しく問題提起したり寛容する度量を持ち合わせていませんでしたし、現在に至ってもわかりません。
いま、私は新たな場所で、より私らしさに眼差した小さな生活を始めています。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO261.html
■総 行 公 第59 号 平成26年7月4日
それは多様性と寛容の問題ではありません。