2015-11-18

http://anond.hatelabo.jp/20151117174656

これだから社会人」というものはクソである

厳密にいうと、「社会人」なる立場に見栄や矜持を見いだしちゃうような頭の人間だ。

そしてそれを他人にも要求することで、「社会人はみな立派であるべき」という幼稚な幻想を押し通し、それに縛られて生きる様だ。

ここでいう「社会人」とは「俺の周りにいる人間」とも読み替えられるし、

「立派」というのは、「俺と同じレベル価値観」とも言える。

要するに、横並び意識であり、オラがムラ基準より低すぎる者や高すぎる者を攻撃する野蛮な姿勢だ。

 

べつに高級志向が悪いわけじゃあない。

「こっちを使ったほうがいいよ」と勧めること自体も悪いことじゃない。

ただ言い方から滲み出てくる品性というものがある。

社会人」ならぬ社会的人間なら、外側のハードウェアを整えて相手を騙すより、

内側のソフトウェアを洗練させた方が、長い目でみれば立派な人間になるだろう。

 

社会人意識を持っているものの多くはいわゆる社畜だ。

社畜を養っている経営層や投資家たちは、奴隷の鎖自慢を望んではいない。

ちょっとモノへのこだわりを見せたくらいでそこまで言う、と思うかもしれないが、

そういう些細なところからいびつ労働者賛美意識が生まれてくる。

そういう空気は自らの首を締めることに繋がると想像できなければならない。

仕事でうまくいかなかったり就業がままならずに自殺する人を見てやっと点と点が繋がるのでは遅い。

しろ、それを見ても「迷惑だ」としか感じない方向へ、自分ソフトウェアアップデートされていないか注意してほしい。

 

社会人」はこれからどんどん減っていく。

ロボット代替されるようになるにつれ、ロボットを導入する側の経営投資家層へ富は転移し、「社会人」だった人は生活レベルを落とす。

社会人から文化人(クリエーター)方向へシフトされるとしても、金銭的な充足の需要は満たせないだろう(精神的充足は進歩するとしても)。

そうなった時、「社会人から」という建前で一流のモノに心理的に依存してきた物質主義的な人間はどうなるだろうか。

まり時代を見越した価値観を取り入れていくということは、ひとが思うよりずっと死活問題なのだ

その時はその時、きっと順応できる、だから今は、という考え方もあることだろう。

だが人の考え方というのはそうそう変えられるものではない。団塊世代をみていたら分かるだろう。

こと社会的経済的観念というのは、テクノロジーに順応するのよりはるかに難しい。

から、古臭いソレにやすやすと取り込まれはいけない。

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