はてなキーワード: フレキシブルとは
持ち込み禁止=ベルトコンベアのように扱うってわけでもないしいい比喩だと思わない。
客側が店側に何かしらを要望するってことを全面的に否定はしないけど
安居酒屋なんてのは酒飲む場所の中でも特にグレードの低い場所であることは念頭に入れていいと思う。
お客は神様ではないからね。
■ばななのウザッたさ
それなりに同意。
■店長のクソな感じ
理解も共感もできない。
ばななは女の子にこっそりとグラスを頼んで、こそこそこ開けて飲んでたんだから、
女の子の行為をオフィシャルなお店の行為として受け取れる理由は無い。
サラリーマン店長のゴールは自分のところの売上を「チェーン店としてのルールを破ってまでも」最大化することでもない。
ブクマでも散々言われていたけど客に聞こえる声で叱るな、とは思う。
■ルールが絶対のお店はアリかナシか。
常識的な範囲内でのルールだったらアリかナシかで考えることじゃなくて、
自分がそういう店を選ぶか選ばないかで考えることだろ。
個人的に言えば「馴染み」って存在になることが大嫌いで飲食店でも店員さんの反応が「馴染み」に対するものになってきたらその店にはしばらく行かないことにしてる。
全てが画一的で、だからこそ閉鎖性が無いチェーン店はありがたい。
ところでこの手の話題が出るとかなりの確率で「高校生・大学生」を悪者にする人がいるけど居酒屋って別に大学生だからうるさいとかサラリーマンだからしずかだとかそういう場所でもないので
よろしくない決め付けだと思う。「DQN」ってのはどういう存在か曖昧すぎるから省くが。
もう一つ気になったんだけど
そこにもっとフレキシブルさ、自主性を求めるのは客としては当然だと思うけれど、
ここの接続は「けれど」でいいのか?
客が自主性を求める=店員にやりがいが生まれるって趣旨かなと思うんだけどそのあとの文章を読んでもちょっとわからない。
■結論としておもったこと
人の日常生活の中でもっとも調子に乗りやすい場所だからね。
最後に名刺置いてくのに笑った。
http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20090808
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51271236.html
生活に根ざした話で、様々な意見が噴出するってすごくいい。
個人的には、活字中毒Rさんの「こりゃ悩ましい問題だねー」という感想に同意。
ばななのエッセイに関わる客とチェーンの店長という構図は様々な立場があって難しいなって思う。
「本当に下品だなあ。こういうオッサンとは出来るだけ関わりたくないな…」ということ。
だって、自分が居酒屋で飲んでる横で「お前らはいつから酒屋になったんだよ」とか
店員とやりあってる客とか居たら、確実に酒が不味くなるじゃん。
「今のデフレ時代に、5000円も払ってる客をルールのみでベルトコンベアのように扱って、やっていけると思うなよ?!」という圧力をかけることは大事だと思う。
エントリーの冒頭に、いきなり馬鹿野郎なんて語彙を繰り出せるのは、彼一流のしょうもなさなのでどうでもいいかなと。
■ばななのウザッたさ
ばななのエッセイは生活者としての立場から「なんだか世知辛くね?」みたいな話だと思うんだけど、
途中から「私たちスペシャルな存在なのに大事にされないのはおかしくね?」と斜め上の方向に
変わっていくところが読者の感覚からズレてしまってイラッとするんだと…。
僕がばななチームに居れば、そもそもお店に入る前に「ワインを持ち込んでよいか」との承認を取るし、
よしんば融通の利かないクソ店長と言い争いになっても【近所の馴染みの店】から
ワイングラスを全員分持ってきて移し替え移動する。
ばななチームに気が利く人が居なかったのが、ばななに歪んだ残尿感を残らせた敗因かと思う。
■店長のクソな感じ
確かに店長はすごく気分が悪い。なんかルール通り過ぎて、村上春樹の小説とかに出てきそうだよね。
ルール通りであることはどうでもいいが、店員がOKといってお店の立場として承認したものを、
店長が後から出てきて反故にするってのは「組織の論理から見ても」ナシでしょう。
頑なに持ち込みはルールに反していると、客にも守らせようとするのは
「外食チェーンの倫理」には正しいのかもしれないが「自分の店舗の売り上げを最大化する」というゴールから見ても筋違い。
とは言え、無条件に糾弾したい気分になるかと言うと
「店長は店長で自分の役割をクソ真面目にこなしてるだけなんだろうな」と理解出来るから何とも…。
■ルールが絶対のお店はアリかナシか。
個人的な感覚としては、ばななが行ったようなお店は嫌いだ。チェーンは嫌いだ。
行く場合には、どうせクソチェーンなんだから、個人個人へのフレキシブルな対応を求めるのは筋違い。
大切な会であれば、絶対にチェーンなんかに行かない。
行く時は、ある種の諦念がある。どうせ、○○さんと呼ばれる馴染みの客にはなれない。
どうせ、高校生・大学生・DQNたちが騒いでてゆっくり出来ない。
とはいえ、安価でルールを大事にする居酒屋は無くならないと思う。
そこにもっとフレキシブルさ、自主性を求めるのは客としては当然だと思うけれど、
「やりがいの搾取」という議題が浮かんで、何ともいえなくなる。
オリエンタルランドや、スターバックスは、素晴らしいなと思う一方で気持ち悪いもの。
■結論としておもったこと
35歳より下ぐらいの人には、飲食で働いている友達も多いと思う。
だからこそ、自分とは切り離された存在として、お店を一方的に叩くということが出来ない。
小飼弾さんは、チェーンの飲食の現場で働いている友達と飲んだ体験とかが無いのかなと思った。
世代論なのかもしれないし、小飼弾さんはシステムの話は横に置いておき「自分がどう思うか」「自分だったらどうするか」を
起点としてしか話をしないからかもしれないなと思った。
飲食に関しては、チェーンとはいえ、フランチャイズとはいえ、もう少し弾力的に動いてもいいでしょ?
暇な時は持ち込みなんかも大丈夫だよ。但し、忙しい時間帯は勘弁してね。というのを店側も客側も共有できればいいなと思う。
「友達はOKして貰ったのにどうして俺はダメなんだ?!」みたいなクレーマーが居たりして実現が難しいのかもわからんけど…。
ここまで読んでくれた人が居たらありがとう。
僕は都内に住んでいるIT系の仕事をしている25歳なんだけれど、一意見として
「ふーん」と思っていただければ幸甚です。
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追記 :
なんとなくモンテローザグループを想定して「チェーン」って使ってたけど、
グローバルダイニングもチェーンだし、松玄でお馴染みピューターも多店舗展開してるし、
「いわゆるチェーンの居酒屋」って、笑笑、白木や、魚民、和民、村さ来、
温野菜、養老の滝、東方見聞録、月の雫、権八とかを想定してればいいんだよね…。
あと「やりがいの搾取って何よ?!」って意見が多かったので補足。「感情労働」の次バージョンみたいなヤツ。
一般的に、素晴らしい客対応をする例として上げられることの多いオリエンタルランドや、スターバックスなんだけど
それを実現するにあたって、ある種宗教的な感じがあります。
例えば、スタバでいうと研修でグループを作ってニックネームを付けさせて…など
自己啓発系セミナーのような意識改革をさせて、仕事にやりがいを持たせるという。
それをバイク便やら、ワタミやらが【給料が安くても、納得して働いて貰うための方便】として使っているという議論があります。
ある種関係ない話ではあったのだけれど(フリーター問題でよく出されるワードだと思う)、
保守政治家と自称「保守政治家」の違いについて、諸君5月号での櫻田淳の発言を上杉隆が引用検討していた。
櫻田
私がイメージする保守政治家とは、複雑に変転する現実と予測不可能な未来を前にして、常に国民の幸福の総和が最大限になるよう、臨機応変に政策を打ち出す人々のことです。しかし、最近、保守を自称する政治家たちの言動を観察していると、彼らは「政治活動家」ではないかと思うことがあります。「政治活動家」とは、自分の頭の中に思い描いたビジョンに現実のほうを合わせようという行動原理の持ち主で、共産主義者がその典型例です。「北朝鮮と交渉する政治家は売国奴云々」といった狭溢な視座しか持てず、自ずと選択肢を狭めてしまう。また、自分の政治信条と少しでも違うところのある者を排除してしまう。安倍氏が自分と近しい者ばかりを集めて「お友達内閣」を形成したのは、その好例でしょう。これではイデオロギー先行型の左翼活動家とたいして変わらない。本来の保守政治家はもっとフレキシブルであるべきで、いざとなれば社民党と話ができるぐらいの腹がなければなりません
嫁さん(30)が鬱病で博士課程をリタイアして働くことになった。
立場はバイトだったけど総合研究所で調査もしてたし、アメリカの大学で講師をやったりもした。
派遣登録してやりたい仕事にアプライしたら、「未経験可」だったのに、外資系だったのに
「実務経験が無いから」という理由で断られた。
嫁さんが色々調べたところでは、「未経験可」がOKなのは20台中盤、甘く見て20台後半まで。
「第二新卒」を名乗れるのは25歳まで。
おいおいおいおいなんだよこの国は。若いことにそんなに価値があるのか?特定の年齢を過ぎたらスタートラインにも立てないのか?
Unitedに乗ったら、スチュワーデスはみんなおばちゃんだったよ。
Univarsal StudioL.A.に行ったら、普通に黒人のおばあちゃんがもぎりをしてくれた。ガイドしてくれたのは恰幅のいいおばちゃんばっかり。
アメリカの履歴書には「年齢」を書く欄が無いらしい。年齢で振り分けたら差別にあたるからだ。
日本はレールを外れた者に対する受け皿が無さ過ぎる。不寛容過ぎる。
レールに参加できる人間を社会全体でどんどん減らしているのにも関わらず。
僕は今30歳会社勤めをしていて娘は1歳だけど、いずれ学部からやり直したいと思っていた。
こんな話を聞いたら日本でレールから外れることをためらってしまうよ。
「こんな話程度でやめるんだったらやめとけ」ってのは根性論だよな。「やってみようかな」と思って「やってみればいいじゃない!」っていう雰囲気が社会にあるかどうかが大事なんじゃないか。
というわけで、自分の身近にこういう話があったのと、以下のような記事(直接の関連は無いよ)を読んで、とりあえず娘をあまり日本で育てたくなくなってきた。
一回日本は壊れなきゃ変われないかもしれないけど、壊れ行く制度の混乱の中で娘をあんまり育てたいとは思わない。
やっぱり日本で面白く生きていくためには限界があるのかもしれないな。フレキシブルな生き方をしたいけれど、あまり日本にこだわるつもりも無いし、日本がそうなればうれしいけれど、自分ひとりで出来ることには限界がありそうだ。
http://anond.hatelabo.jp/20080518135323
http://anond.hatelabo.jp/20071105005919
なんか他にもありそうだけど、今思いつかない。
私が家族を持つことにしたきっかけは会社の先輩が見せてくれた自分の子供の写真と「子供はかわいいぞ」の一言だったと思います。十数年前の彼への賛同と感謝は今も変わりません。
「気持ちいいことしただけの奴が偉そうな顔するな!」
昨日の晩、娘がそう叫んだとしてもやはり。
張り上げたきれいな声で流れるように放ったその一言は前々から準備され機会を狙っていたのでしょう。適切なタイミングで完璧なアクションを伴っていました。娘はテーブルに手を叩きつけ立ったまま私を睨んでいます。彼女が誇らしい気持ちでいっぱいでしたが、父親としての役割を思い出し、その感情を胸に秘めたまま口ではこういいました。
「気持ちいいことの結果としてお前がここにいるんじゃない」
そろそろ彼女も次のステップに進んでいいと思い、さらに続けました。
「気持ちいいも何も、父さんは童貞だ」
「なっ」
意味するものは知っていたようですが、反応に若干タイムラグがありました。どうやら日常的に使われている言葉ではないようです。安心しました。
「馬鹿いってんじゃねーよ!おか……くそばばあがいるじゃねーか!」
根はいい子なんです。
「お母さんをそういう風に呼ぶんじゃない。お母さんとしてわざわざ派遣会社から来ていただいてるんだ。お前には共働きと言っていたがお母さんにはプライベートの家庭がある」
「いやですよお父さん。プライベートの方は5年も前に破綻して、今は契約家庭をダブルヘッダーです」
「え……」
絶句した娘から母親に視線を移すと、いつも適切に微笑んでいる彼女の目が笑っていませんでした。まずかったかなという顔を私はしていたのでしょう。口の形だけで「あとで」と言われました。
「ふざけんな!じゃあお母さんの親戚は何なんだよ。睦月おばさんは?!」
本当に頭の回転が速い子だと思うのですが親馬鹿といわれるでしょうか。
「睦月さんは人権保護NPOの方だ。具体的にはお前が虐待されてないか、私を監視する役割の人だ。だいたいお母さんのほうの関係者は派遣会社かNPOの人たちだな」
「新潟のおじいちゃんおばあちゃんは祖父母派遣サービスですけどね」
「じゃああたしはどっから来たんだよ」
「いまさら血のつながりだとかDNAだとかに意味はないだろう。お前は私の子だ。あえて言うならカモノハシがつれてきて……」
娘は椅子を蹴倒して自室にこもってしまいました。
「まずかったかな」
私は恐る恐るお母さんのほうを見ました。
「時期としてはそろそろだと思ってましたけどね。タイミングは最悪に近いですね」
「すみません」
「あの子のフォローはできる限りさせていただきますが、こういうことは本社のカウンセラーを通していただかないと」
「わかりました。ところでお母さん」
「はい?」
「5年前、何で私は夫婦契約を申し出たりしなかったんだろう?」
「されましたけどお断りしました」
「そうでした」
昔と比べて今は家族形態も随分フレキシブルになりました。私が子供の自慢をしたときの先輩を含む周囲の反応は今でも強く印象に残っています。唯一の理解者であった同僚は今では派遣業界のトップにたちました。
娘は今朝、口もきいてくれませんでした。
状況に応じてフレキシブルに。ほら、おなかの具合ってあるじゃない。
折角行っても無理に詰め込んだり残したりするのを見せたり見られたりっていやでしょ。
あちらの懐具合も君たちのいる地域単価もわからないから、予算は君の思う
ほんのちょっとだけ贅沢かな・・・ってくらいがいいんじゃね?
ほんのちょっと贅沢ですね。なるほど。2つくらいに絞れてきたんですが、どっちがいいでしょう?
・ちょっと前に友達につれてって貰った店(大学からすごく近い)。気兼ねなく食べれる感じだけどほかの客とあんまり距離がない。
・ちょっと遠いところ。別の友達と偶然入った店。眺めが良い。
大学生なんでそんなにお金持っていないので多くても1500円くらいかな?って思っています。
まぁ、いつになるかなんて決まっていないのですが。
あ、んで、聞きたいんですけど、それって2人で行ったほうが良いんですよね?それとも共通の友達を誘って行ったほうがいいんでしょうか?
だってさ。
ただそれはよしとしていてそのトンデモだ!だけしか言わないようなレビューだったのが残念なのかもしれない。
温暖化は色々環境とかがやばくなるんでしょう。それをどうにかしなくてはなりませんね。ぐらいは書けなかったのかしら。
もしかしたらちゃんと書いてるかもしれない。ながら読みだったから。
ただもしかしたら温暖化が起きてもそんなにたいしたことねーよ、という風にまで考えている立場の人なのかもしれない、とは思ったが。
以上歿。
追記
ぅい。
ただ引用文献の??っていうのはしらへんです。
追追記
まあそんなムキにならなりませんな。
頭回らないからリンク先は読む気力ないけれど
えーと
自動車業界・石油業界(産油国?)の陰謀が温暖化なんてCO2のせいじゃねーYO!って意味でいいのかな。
そうだな、問題は地球環境の変化に人類?(人類って話がデカいが苦笑い)がどうフレキシブルに対応できる社会システムを作っていくかって話に繋げていって欲しいんだがまあそれはいいかぁ。
んじゃ徹夜でムカムカして吐き気とか気持ち悪いけど図書館いてくらぁ。
そうだ、ああ、あるねぇ。“あるある”じゃないけど科学者が~って言ってたって言ってもそれが背景にある業界の支援を受けた科学者が言っている言葉なのか注意しろって。そんなのどっかで読んだなぁ。