2024-05-31

田舎デパートは閑散としている

私が住んでいるのは田舎だ。

それでも最後プライドを示すかのようにデパートひとつだけ残っている。

といっても平日は実に閑散としていて客の姿は一階のスーパーで見かける程度で、二階三階と階を登るにつれて人の姿は少なくなり、五階ともなれば人の行き来はほぼ見かけない。

おそらくこのデパート寿命もそう長くはないだろう。その事に気づいた私は、平日の午後イチネコバッグに猫を入れると五階に向かった。

一度、猫をエスカレーターに乗せてみたかったのだ。猫はエスカレーターに対して、どのような反応を見せるのか?一度考えるとその考えは頭から切り離されることはなく、頭の片隅に残り続けていた。

そして私はとうとうチャンスを見つけたのだ。

実行当日、予測通り人の姿はまばらで、五階にまで行くと誰もいない。

私は下りエスカレーター前で素早く猫をリリースすると、猫はもっさりとした動作ネコバッグから降り立った。

それから猫は慎重に一歩、二歩と歩みを進ませると目の前に動く階段があることに気づき不安そうに振り返って私を見つめた。

私は手短にエスカレーター説明をした。これはエスカレーターといって、まあ動く階段のようなものだよと。

猫は要領を得ない様子で首をかしげ、乗ってみたら?と声をかけた。しかし猫はまだ怖いようで、立ち往生している。乗り方が分からないのだろうと思い、手本を見せようと私は前に躍り出てエスカレーターに乗った。ほら、こうして乗るんだよ。大丈夫からおいで。それでも猫は二の足を踏み、私との距離はどんどん離れていく。

私は不安になり、大丈夫からおいで、と声をかけ続けたが猫は動じない。猫の姿はみるみる小さくなっていき、猫も不安そうにエスカレーターの前を行ったり着たりしている。

いよいよ猫の姿が消えそうになったとき、私は猫の名前を呼んだ。すると猫は飛び込むようにエスカレーターに乗り、そのまま駆け込むように下った。

すごいスピードだ!

エスカレーターの速度と猫の速度が合わさり、猫は光のような速さでエスカレーターを下ると私に追いつき、私に抱きついてきた。

猫は興奮し、緊張していたのかドキドキという心拍音が直に伝わってきた。

私はエスカレーター下りきる前に素早く猫をネコバッグにしまい、それから何事もなかったように一階まで下るとデパートを後にした。

猫はネコバッグから頭を出し、振り返るようにデパートを見やった。私も興奮していたが、猫も興奮していたのだ。

それから猫は「にゃあ」と一度だけ鳴き、バッグの中へと戻っていった。私はもう振り返らず、帰路に着いた。

ここは過疎地だ。駅前商店街は降りたシャッターの数の方が多い。デパート寿命もいつ切れてもおかしくはない。それでももう、私には思い残すことはなかった。

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