2023-02-25

海外ニュースなどで、例えば、20マイルを「約32km」と訳すのには、有効数字観点違和感がある

「○○から△△までは、だいたい20kmあります」と言われた場合有効数字観点からは、

「だいたい」の範囲を、19.5〜20.5kmだと考える人と、15〜25kmだと考える人が居ると思う。

まあ、後者は極端だとしても、18〜22kmなどと、ある程度広いレンジを考えるのが、自然だと思う。

一方で、「○○から△△までは、だいたい32kmあります」と言われた場合は、「だいたい」の範囲を、31.5〜32.5kmと考えるのが自然だろう。

よって、「20km」のように、数値の下位に当たる数字ゼロだと、その値は丸められている可能性があるため、

その値が示すレンジを幅広く見積もる、ということを私達は自然とやっているのだ。

まり、下位の数字ゼロであるかどうかは、私達の感覚に影響を与える要素のひとつなのだ


から表題の通り、20マイルを「約32km」と訳すのには違和感がある。

その違和感理由は、端的に言うと、値の信頼度が違うだろうということだ。

後者では、値の信頼度が増してしまっている。

まり、「約32km」などと「約」をつけたところで、読み手が想定する値のレンジは、31.5〜32.5kmだ。

20マイル」という、ざっくりとした値だという感覚は、適切に表現されていない。

なので、個人的には、20マイルは「約30km」、30マイルは「約50km」と、値を丸め表現した方が正しい気がする。

杓子定規に、単位変換を一の位まで計算して計算して表現することは、意味が無い気がする。

(もちろん、原典となる文章有効数字示唆しているなら、その限りではない。)

数値の翻訳をどうするか、という議論を見たことがない(科学論レベルになれば、使用される単位系が国によって異なるということがないはずなので、

そもそも値を翻訳する必要がない。だから議論もされないのだろう)のだが、最低限でも、値の有効数字は維持されるべきだと思う。

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