深い暗闇にすっぽりと包まれている。
地面は妙にのっぺりとしている。少なくとも、土や石などによる分かりやすい起伏も無ければ、草木などが生え揃っているわけではない。
一方の腕には、金属の鎖が結ばれている。
重く太い鎖であり、それは同じく金属の球体へと繋がっている。分かりやすい拘束具だったが、当時の自分はその用途を解さなかった。奴隷身分の人間や囚人が、そのような金属と鉄球をセットにした拘束具を(主に足首に)身に着けるという知識は、その時点ではまだ無い。
そして、背中にはふさふさとした何かが触れている。
自分の身長と同じくらい大きな蛾だったが、大きさの割に重さは感じない。むしろ軽いと言ってよく、リュックサック程度のものである。
顧みるにおぞましいが、夢の中の自分はその蛾の存在に疑問を持っていない。その蛾に対して、気味が悪いと思うでもない。それを背負っていることを、不自然なこととも思わない。
重たい球体が自分の腕に繋がれていることにも、特に疑念は無い。
その金属の塊を遊具の一種だとさえ思っている。それを引きずり回し、体操選手の操るリボンのように意のままにせんと試みている。
背中にぶら下がる大きな蛾の重みが、少しだけ煩わしい。
とても静かだった。
周囲に立ち込める沈黙と同じく、心の中も凪いでおり、穏やかであった。
とは言え、その沈黙も間もなく終わる。
どこかから聞こえてくる。騒がしい音で終わる。
その音は、徐々に近付いてくる。
やがて、その近付いてくる音によって自分は夢から覚め、音の正体をも知ることになる。
結局のところ、その音は自分自身の泣き声だった。
現実の世界では、自分はリビングの床で昼寝をしており、火の点いたように泣き叫んでいたのである。
その大きすぎる泣き声によって、自分は目覚めたのであった。
慌てて駆け寄ってきた両親も、泣き叫び続ける我が子の存在を持て余していた。
◇
背中にしがみついた巨大な蛾も、腕に繋がっていた金属の球も、双方共に、現実の自分にとっては耐え難いものだった。夢の中の自分は、それを少しばかり持て余すだけだったにも関わらずである。