なぜ適切な選択ができないのか。
その話をすると「正論だけが正しいわけじゃない」などと批判されるのだが、理解ができない。
例えば低容量ピル。
生理が重いと話をされる際に私は低容量ピルを勧めることが多い。自分自身PMSのため服用しているし、デメリットよりメリットの方が上回ると確信しているからだ。
デメリットばかりが目立つのであれば、ピルユーザーが世界中にこれほどいないだろう。
そんな女が毎月生理痛で早退したり、しんどいですアピールをする。
私は一番適切な「ピルを服用する」という選択を取り、今の生理の煩わしさが半減した生活を手に入れてるのだ。
そりゃあ、抵抗がなかったわけじゃない。命の母なども試していたし、ピルをもらいに病院へ行くのもはじめは怖かった。
別に生理に限った話ではないのだが、複雑な気持ちになることが多々ある。
なぜ人は適切な選択を取らないのだろう?
おそらく、人は感情を優先して選ぶのだと思う。私とは別の考え方なのだろう。
頭ではわかるが、理解できないのだ。
毎月痛くて苦しくてロキソニンを常飲することよりも、ピルを服用する面倒くささが勝ることがわからない。
そりゃあ、飲んだ上で効かなかった人にまで言いはしないが、こう言う人が不思議で仕方ない。
他に例えるなら、リサーチせずに適当な居酒屋を選び、まずかったと文句を言うとか、お金がないと愚痴りながら毎日コンビニ弁当を買う人に、自炊を提案したら言い訳されるだとか。
昔付き合っていた人に「君はなんでも適切なプランを考えてくれるから良い」と言われたことがある。
そう言われるということは、そんな人間はあんまりいないのだろうか。
考えれば考えるほどわからない。
全員が話わかって通じあったら 個体の意識が別個の意味、なくない? ・・・てな戦略をとって繁栄する方法を選んだのだろう我々は (話の合う人の中に行くほうが楽だよ)