2019-10-22

祝うとか、めでたいとか言う謎の概念について

辞書を引いても

・祝う→めでたい物事を喜ぶ

・めでたい→喜び祝うに値するさま。大変喜ばしい。

以下同様に次々と漁ってももループが巨大化するだけのようだ。

結局のところ、いろいろな定型パターン考察してみても、

日本国酒飲み音頭」の歌詞(酒を飲む歌!わかんない人は検索!)の如く、酒を飲む口実を作っている程度にしか思えない。

しかし、そもそも酒は飲めないし、どんちゃん騒ぎも苦手なので、楽しいこととすら思えない。

例えば誕生日子どもであれば金品を貰える日であるから楽しみであるし嬉しいであろう。

しか大人になになってみれば、何故か誕生日を知っている人から年に一度の「おめでとう」メッセージがいくつも届いたりするだけの日である

そして実際に何が「めでたい」のか理解できない中で「とりあえずありがとうと返せば良い」面倒くさい作業を行うことになっている。

例えば結婚式

日頃から信仰している宗教的意味を持つ儀式を除けば、はたしてそれは何の集会なのだろうか。

(信仰していない宗教儀式を受けに行く人にはそれはそれで何か言いたいけれども今は別の話)

大衆面前感謝の意を述べる行為も、それは本当に大衆必要であろうか。

誘われてもどの様な気持ちで赴けばよいのか、毎度理解できなくて欠席とするしかない。

等々。




結局、なにがどうなると「めでたい」のか。そしてそれを「祝う」ことになるのか。

それらは一体どの様な概念なのだろうか。

100%はおろか、世間一般並み(?)とまでも言わないが、20%ぐらいでいいからどうしたら理解できるようになるのだろう。

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