最近「ガイジ」を軽率に使うんじゃない、的な啓発をよく目にする。おそらく本当の障害者に「ガイジ」と言うようなことはしないから、「ガイジ」で傷つく人のことを考えない軽率さが生まれるのだと思う。それでも「ガイジ」を軽率に使うな!と言う人がいるのは、健常者を「ガイジ」と侮蔑することは、障害者は侮蔑されるものである、ということを含意しているからだろう。しかし、「ガイジ」を使う側に障害者を侮蔑する意識があるとは思えない。
「ガイジ」を使わないで!と呼びかけるよりも効率的な「ガイジ」駆逐の方法がある。それは、「ガイジ」を軽率に使う人たちが表現したい侮蔑のニュアンスを含む、よりキャッチーで当たり障りのないなフレーズを普及させることである。
私がよく使う表現は「害悪」だ。「ガイジ」と語感が少し似てるので、「ガイ…悪」と踏みとどまれるという特徴もある。「ガイジ」のように特定の人に流れ弾が当たることもない。良い侮蔑表現だと思う。
言葉狩りなどの議論では、「言葉を禁止しても、差別する心が変わらなければ意味がない」という意見が見られる。私が提案した手法はまさに、「言葉を変えるが、侮蔑する心はそのまま」にするものである。しかし意味はある。「ガイジ」の軽率な仕様の問題点は障害者への流れ弾だ。人を侮蔑してはいけない、という根本的解決は非常に難しい。それに、謙遜の文化がある日本で「自分を侮蔑してはいけない」ということを徹底させるのは非常に困難ではなかろうか。
これは軽率でない「ガイジ」の使用、つまり障害者にも「ガイジ」と言ってしまうような層を改善するものではない。これはやっぱり、差別する心をどうにかしないとどうにもならないと思う。
こういう層から生まれた言葉が軽率に広く使われないように、いたちごっこではあるが、当たり障りのない侮蔑表現を広めていこう。
あガガイのガイあそれガガイのガイあよいしょガガイのガガイのガガイのガイw