2017-07-17

生きる資格を得られない人生でした

生きるための許可を得られず、免責されるための条件も満たせなかった。

つまるところ、ただの未練がましい自分語りです。

同じである事が一番大事

「ウチ」と「ソト」という概念があるとおり、「ウチ」の中ではとりあえず生きてよいと免責されます

残念な事に、「ソト」に属する人に対しては、この免責はなくなります

NIMBY だと広すぎますが、人に関係する範囲限定すれば正しいでしょう。

このために顔、人柄、来歴、性格価値観といったもので、生きる資格を得ようとしているわけです。

残念な事に、自分はどれも持ち合わせてはいませんでした。

顔、人柄、性格生得的な物も、来歴、価値観ダメでした。

建て前、ルール

建て前というのは、「あなたと私は共通した価値観を持っています」と表明する儀式です。

"同じである"という事を言外に言うための方便として建て前があります

このルールを守り続けられれば、生きる資格がなくても免責されます

先ほどの「ウチ」の間でも、入ってほしくない人が入ってしまう事があります

こういうときに、その人にとっては既知じゃない建て前を使う事で

「ウチ」にふさわしくないと「ウチ」から追放されてしまます

このため、どこまで同じだと言えるか、というも非常に重要です。

自分はこういったことに気づくのが常人より遅れたので

あらゆる人に対して "同じだ" と言える材料すら持てませんでした。

ギブアンドテイク

「ウチ」に入れない人が生きる資格を得るにはどうするか?

同じでないために与える不快感、拒絶間を上回るメリットを出さなくてはなりません。

これが、いわゆるギブアンドテイクというものです。

どれだけギブすればテイクされるは、テイクする側が決めることです。

要するに、どれだけ「ウチ」に近いかでテイクするかが変わります

気に入らなければテイクしない事だって無問題です。

自分はこれを果たすために、3年間弱くらい 4時間も寝ない生活をしていました。

いわゆる自主的サービスってやつです。

ひたすらに続けた結果、自分の事が何一つ出来なくなりました。

生きるための免責を得る手段がなくなってしまいました。

最後

やっぱり直接死んでほしいと言われないとダメなので立てました。

真綿で首を絞められている感覚なので、建て前じゃなく死ねと表明してほしいです。

匿名で建て前のルールはないので、ちゃんと言ってくれると期待しています

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