2017-01-30

天国地獄あの世、この世

仮に天国があるのだとしたら、あの世があるとしたらこの世は何なのか?

 

もし天国があるとしたら天国があるにも関わらずこの世が必要論理的理屈とは何なのだろうか?

仮に天国があり、この世はジェットコースターのような感覚自由に遊びにきているのだとしたら、

この世はテーマパークのようなものであり、尊厳が失われるかと思うが、どうか?

 

そうではなく天国に至るための前段階としての試験場とこの世を捉えたらどうか?

天国に至る資格のある人間を選定するための環境として捉えてみてはどうか?

では人間尊厳とはどこにあるのか?

何物から、何者から、超越存在から間引かれるような立場で、まるで作物の林檎の選定のような扱いを受ける人類尊厳とは、どうか?

 

そもそも論、そもそも天国あの世も無いとしたらどうか?

私たち宇宙が、目で見える範囲で、目に見えない範囲しかなく、

虫や鳥や、牛や動物たち、木、細菌無機物有機物、分け隔てなく帰る世界なく、

この宇宙内包されるのみの存在であり、そこに理由はなく、原因もなく、ただ在るばかりの答えしかなく、

つまるは空であり、空に変える、般若心経の教えそのものだとしたらどうか?

では無駄ということで、どうか?

 

この地球けがこういう状態というのは既にそれでよし。

神が用意したとして、それも良し。

はたまた偶然が用意したとしても、それも良し。

では地球を永延に消してしまうと、どうか?

この宇宙から生命を消してしまうとどうか?

地球生命の住めない星に永劫に変えてしまうとどうか?

いや、人為的要因がなくともいずれ地球は住めない惑星となるが、結論とはどうか?

遺伝子とはDNAとはどうか?

生命とはどうか?

期間限定という意味に答えはどうか?

 

のものが欲しい。

真理が欲しいわけでなく。

ただ、他のものが欲しい。

これはもう、いい。

これはもう欲しくない。

これと違うものが欲しい。

これじゃないものが欲しい。

違うものが欲しい。

もうこれはウンザリだ。

ウンザリだと叫んだ。

これしかない。

真理などいらない。

これじゃないものが欲しい。

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