毎晩お風呂で鼻歌を歌っている。いや、鼻歌どこではない、声を張り上げて歌っている。
カラオケ好きの私なので、お風呂だと声が反響してとても気分がいいからだ。
そんなことを続けていたらある日ポストに紙切れが入っていた。
マンションの管理会社からで要約すると「声が夜間に響いてうるさいから周りを気遣え」ということだった。
いくら熱唱とは言えそこまで遠くの部屋には響かないだろう。ということでクレームを入れたのは両隣の住人に違いない。
右隣には70歳くらいの老婆が一人で住んでいる。腰が限界まで曲がりきって、まるで自分の陰部を凝視するようにゆっくりと歩く痴呆症だ。
だいたい夜寝るのも早いだろうし耳も遠いだろう。ボケ老人とはそういうものだ。
だから犯人は左側の住人だ。そうに違いない。若いカップルか兄妹かしらないが四六時中ベタベタと気持ち悪いやつらだ。
一目見ただけで商業高校出身か夜間学校中退なのが分かる人相をしている。まだ若いくせに歯も生えていない赤ん坊がいる。
とりあえず私も投書で復讐することにした。
もちろんお菓子の音など聞こえなかったがそういう文面でクレームを入れた。
そんなことを毎日やっていたある日、ポストに紙を入れているところを馬鹿ップルに見つかってしまい口論になった。
終いには警察を呼ばれてしまった。対応した警官は終始向こうの味方で私を責め立てた。
その日は悔しくて悲しくてずっとお風呂で泣いていた。
そして泣きながら童謡を歌った。涙と鼻水と涎が入り混じった私の歌声はマンション全体を包み込んだ。
住人は耳をふさいだが、歯抜けの赤ん坊だけはきゃっきゃっきゃっと笑って眠りについた。