高校生までの間ずっといい成績をとり続けたのは、親に褒めて認めてもらうためだった。
親は常に病気もちの妹をかまい、ひいきしていたから、私は妹に対してゆがんだ恨みすら抱いていた。
今思うといい成績をとり続けたのは失敗だった。
それが普通になり、本来の私の目的とは逆に、構わなくても大丈夫だという考えに至らしめてしまったように思えるから。
思えば学校でもそうだった。
いくらいい成績をとっても、それが当然になると教師は何も言ってくれない。
手のかからない子という位置にいるだけでスルーされて、数年もすれば忘れられるような存在。
そんな教師が可愛がっていたのは不良だった。
本当にうれしそうにそういう人種に対してかまっていた。
閑話休題。
「いい子だから助かる」とよく親に言われた。
ただ自分がラクができる、かまわなくてもすむという安堵が漏れただけに過ぎなかった。
不出来な子ほどかわいい・かまいたくなるのが人情であるのであれば、そうでない子はどうすればいいのか。
そうやって自分と一度も向き合うことなく、ろくに反抗期もないまま惰性で大学に進学した。
親に認められることが動機だっただけの、所詮手段に過ぎなかった勉強を深く究めることなどできるわけもなく、成績は落ちた。
留年がかかった試験の前夜、留年するかもと伝えたら呆れて怒られた。
うれしくもなんともなかった。
結局ギリギリで卒業した後は、実家を出て上京し、なんとか底辺の企業にしがみついている。
もちろん恋人もいない。
休日も外出せずにずっと引きこもっている。
いびつに育ってしまった自意識の空隙を、増田で得られるわずかなブクマで満たす日々。
いまだに生きる意味を見つけられずにいる。