静かな部屋にいると自分の拍動が聞こえてくる。一人酒をすると過去を思い出す。僕は今、静かな部屋で一人酒をしている。
小学校中学年の時にやってきた転校生は、華奢な女の子だった。普段はとっきつにくい真面目な表情、仏頂面な感じだけど人と喋る時には笑顔がこぼれる。運動神経もよくて、そのくせ読書も大好き。気がつけば学年の男子のほとんどが彼女のことを好きになっていた。
もちろん、僕もそのひとりだった。
運動もできないし、カッコ悪い僕には高嶺の花のような手の届かない存在だった。同じ班になっても互いに嫌いだと言い張り、隣にならないように席替えをやり直したりした。けれど妙なところで意見が一致することが多くて、互いの感性に関しては認めていた。
僕は男の子だから、女の子には負けたくない気持ちってのがあった、特に好きな女の子には。でも悲しいかな現実は、音痴で走るのが遅いし泳げない僕、走るのが速くて綺麗に泳げる彼女というコントラスト。ミトメタクナーイ~○~ 、そんな現実。
それを認める機会になったのは、高学年で習ったある保健体育の授業だった。単元の内容は脈拍と呼吸についてだったと思う。自分で心拍を測ってみることになり各自左手の脈を抑えて拍をとった。確か僕の脈拍は78くらい、彼女の脈拍が幾つだったのかは覚えてないのだけれど、クラスで一番遅かった、少なかった。同様に呼吸数も彼女は圧倒的に少なかった。
その時になって、彼女と僕とでは生きるリズムが違うんだなと何故か納得した。ハリネズミの心拍数、象の心拍数とかの話を聞かされたせいかも知れない。多分これが僕の初恋が終わった瞬間だと思う。
その後、男子校に進学し、女子と無縁の生活を送る中で思い出が美化、彼女が神格化され、僕自身が拗れていったのは初恋の蛇足、後の火祭り、別の話である。
今日この頃、彼女とのデートでは20センチの身長差に歩くスピードへの注意が必要だ。もう何年も付き合っているから自然と調整出来るんだけど、たまにズレてしまう。僕たちは別人なのだからリズムが、歩幅が違うのは当然だ。大人になった僕には青い果実の酸っぱさが懐かしい。
『おいしいコーヒーのいれ方』ってゆとり世代の中学生男子の基礎教養だよね。