2012-05-08

過去自分へのメモ

  1. 30歳で職務歴無しでもそこそこやっていける。しかし、その「そこそこやっていける」というのは、「社会から踏み外したという前提込みのものであるので、その踏み外したということに対して無神経になるか、それとも明確な理由付けを行わなくてはならない、とは思う。要するに自分ロールモデルが不明確になるので、そこは辛い。
  2. 自分人生に対して責任を取ってくれる人はいないという気持ちで望むこと。その責任というのは、いわゆる「自己責任」ということではなく(つまり貴方の行為の原因として結果が起きるということではなく)、貴方の人生が損失を受けたとしても、それに関しては、基本誰も責任は取らない(取れない)だろうということ。それは、貴方自身にも言えることで、未来の貴方が「こうしておけばよかった」ということに関して、過去の貴方は無頓着であるということ。
  3. 多くの物事には、案外例外があるということ。そして、一般化しようとする人間に対して注意を払うこと。しかし、「一般化」の内実がどのような構成になっているのかは見極めておいて損はない。どんな「一般化」であれ、その人の何かしらの集合を対象に作られている筈である。そして、その集合に対して、そのような意見があるということは、知っておいて損はない。
  4. 多少の汚さは身につけておいて損はない。武器は使うこともできるし、捨てることもできる。だが、武器が「使える」という事実は、貴方を手助けしてくれる。その場合、ずる賢さや、人に迷惑をかけてもケロっとしている図太さなど、そういう汚さは、覚えておくと損はない。
  5. 自分がやったことは、何らかの形でバックアップを取っておくとよい。どんな些細な物事であれ、貴方が何かをやったという事実が手助けしてくれる可能性は少なくともある。そして、自分がやったことがどれほどくだらないことであったとしても、他人から見れば、意外といいものである可能性は高い。(もちろん、この逆もありうるが、それは単に貴方の力量不足だ)
  6. 自分が平凡であることに悩まないこと。むしろ、自分の考えていることは、過去100人現在100人いるという気持ちで取り組めば、自分の悩みは一般化されうるものであるということに気がつけるし、同時に貴方が喜ぶことは、以外に他の人が喜ぶことにも気がつけるはずだ。もちろん、一般化するのには、ある程度抽象度を上げる必要があること。
  7. 素通りすることも一つの方法であること。何かしらの問題に対して、素通りするというのは一つの方法である。人が抱え込めることなど、それほどないことに気がつくこと。あるいは、素通りすることが解決策の一つである可能性もある。それを知ること。
  8. 自分を救うことが、他人を救うことに繋がる可能性が高いこと。他人を救う前に、自分を救ってみると、他人を救う方法に直結する可能性が出てくる。
  9. 自分感情を出す練習はしておくこと。例えば、怒ったり、泣いたり、笑ったりは定期的に出来ることを確認すること。どれかが欠けてしまっている場合、もしかしたら何かしらの防衛機構が働いている可能性が出てくる。
  10. 弱みを見せる練習をすること。困った人を助けてくれる人は、たまに存在する。なので、困ったときには困ったと言えるようにしておくといい。困ったときに困ったといえないことで破綻する場合がある。
  11. 自分が小心者であると自覚するのならば、一般的に言われる「悪いこと」は避けて通ること。「あの人たちはズルい」とか、あるいは「あの人たちは卑怯なことをしている」という気持ちが生まれたとき、それが自分のしたかったことなのか、それとも単に道義的なことなのか考えること。「自分のしたかったこと」であり、なおかつ「自分が小心者である」ならば、むしろ自分に似合わない行為だっただろうとして素通りすること。少なくとも夜に安心して眠れなくなることになる。道義的なことであるならば、それは個別に考えること。
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