「ほら、三分前にやろうと思ってたことをいつの間にか忘れてるって、よくありま……せんか?」
向かいに座っている彼女の語尾が、こちらを窺うような視線と共に弱まる。
「ないですね」
砂糖を大量に入れないと苦味が消えないようなこの飲み物がなぜ世界中で飲まれているのか疑問に思いながら、僕は食後のコーヒーを飲んでいた。
「私はよく後輩に用事があって席に寄っても、直前に別のことに気を取られたりすると肝心の用件を忘れちゃったり。で、『私、何しに来たんだっけ?』って後輩によく訊くんですが」
「家の鍵や財布を研究室に忘れたりとかも……。そういうのって、よくありま……せんか?」
「ないですね」
やや恥ずかしそうにこちらを窺うと、彼女はカップを両手に抱いてコーヒーを飲み干した。
「すごいですね」
「僕は男なので全部ズボンのポケットに入れますが、女性は鞄に入れますからね、そういうの」
「そう、そうですよね」
彼女は満足したように口を結んで何度も頷いた。
喫茶店の窓から見える外はすでに黄昏時だった。年末の繁華街はいつにも増して道を行き交う人が多い。
細長い指先で砂糖の空き袋を折り目をつけながら、彼女が訊いてきた。
「秘密に好きも嫌いもないと思うんですが、どういう秘密ですか」
「なるほど」
相槌を打ちながら考える。これは何か隠していることを打ち明けてくれるということなのだろうか。
整った綺麗な爪がテーブルの上で砂糖の空き袋を縦に小さく折りたたんでいく。
周囲の客の雑談と共にBGMが店内に流れていたが、音楽に疎い僕にはさっぱり分からない。
僕は砂糖を入れても苦いコーヒーに口をつけ、彼女の言葉を待った。次に頼むとしたらオレンジジュースだな。
折りたたまれている空き袋はどんどん短くなっていった。
「大抵はそうですね」
「あと特殊能力とか持ってるキャラとかも、周りの人には秘密にしてますよね」
「基本ですね。物語の後半で正体が明かされるエピソードとか入れて盛り上げたり」
空き袋が限界まで折りたたまれ、白い小さな物体になった。
顔を上げた彼女は一瞬目を合わせ、逡巡したように視線を泳がせると、ふたたび僕と目を合わせた。
「ほう」
「ふむ。――実は魔法少女だとか? 美人怪盗というのもいいですね」
口に出した直後、どちらも少し無理があることに気付いた。
もうすぐコーヒーを飲み終えそうだ。
「……信じてませんよね」
この後、彼女に連れられた僕は厄介な地球外知性体らが繰り広げる小規模な星間戦争に巻き込まれるのだが――それはまた、別の話。