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2022-09-27

静岡市清水区台風15号被害全国区になる代わりに宮崎県台風14号被害が忘れ去られてしま

台風15号の大雨による静岡市清水区の断水被害は、静岡県増田の労力で全国ニュースでも毎日取り上げられるようになるまで認知度が上がった。

しかし、そのせいで、とは言わないが、今度は台風14号による九州被災地が忘れ去られてしまうハメになってしまった。

 

宮崎県高原町では台風から9日間経っても未だに町内の広範囲で断水が続いていて復旧は早くても30日になるという。長期間の断水は復旧復興に悪い影響を与えている。

畜産農家家畜のために毎日大量の水を運ぶ必要があり人手がほしいという声もあって、ボランティアはいるがまだ足りてなさそうだ。

他にも山あいの村落では未だに道路が寸断して孤立している集落がある。

 

台風14号気象庁が強い言葉で警告した割に上陸後に急速に勢力衰えてたためネットマスコミも熱が冷めるのが早くて話題国葬に移ってしま被災地中央から遠いこともあって丁寧に被害を追いかけることがなかった感。

2021-10-30

軍閥家系に乗ってやってくる(昨今は親ガチャというのか)

大正時代末期のことだが、九州資産家であった港町の「太田家」が、高原町の旧家である「川瀬家」に2代続けて婿を送り込み、代わりに、太田家の根岸町土地を川瀬家に与えたということがあった。太田家の婿は川瀬家の先代の婿が起こした養父殺し事件を隠してやったりもしている。

さて、1代目の「太田ナヘイ」は高原町水力発電所を建て、戦争中には国策に従って国に譲渡して、戦後に早世した。2代目の「太田カクオ」は東京陸軍士官学校化学教授となったが戦後九州に戻って2年目に没し、元太田家の土地もおおむね没収されている。死因諸説あり、戦犯処刑だった可能性もある。もちろん2人とも苗字は「川瀬」姓になっている。おそらく太田家が、太田の名を使いたくなかったのだ。

3代目の「川瀬マツオ」は、カクオが没したあと家財を売りながら兄弟姉妹とともに東京に戻って大学卒業し、国の研究所に勤めた。ところが、留学研修の前に牟田サエと出会ってしまう。サエは九州のある杜家の縁戚の娘で、戦争推進に励んでいたある大手キリスト教会の会員であり、かつ国営通信会社社員で、マツオが出入りする将棋クラブにいた(サエの父親外務省諜報員だった)。マスオは、奸計家で暴君のサエと結婚してしまったのちは振り回され、子の世話をさせられたり、おかし弁護士を紹介され散財させられたりした。しか研究所もきちんと務めたという。

そのマツオの息子は防衛族家系の娘と結婚したが、娘のほうはIT企業にいたところ不審事故に遭って婚約者を亡くしたうえ、サエを介してトラブルに巻き込まれているようだ。

この話にはもちろんフェイクを入れたが、元日ナチス軍閥家系に取りつかれた家の話ということになろうか。

なぜ川瀬家に取りついたのか不明だが、川瀬家は九州の家であり、近畿遷都した皇族家系とは違うほうの旧家らしい。

しかし、何よりマツオとその娘が可哀そうだ。

2020-09-20

anond:20200919153224

今こそ初代の心を思い出し

宮崎県高原町首都移転するべき

   ← おい! そりゃ逆だろ!w  神武天皇日向を出て苦労して東征してヤマト盆地に移って首都を作らせ給うたのではないか

 
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