めちゃくちゃ老後の予習感がすごい
ちなみに独身 既婚者はパートナーや子どもにすがっとけよ知らんけど
基本的に孤独から逃れられないので対策が必要。明るくしとくのは対外的に効いてコスパがいい
ちなみに「明るく」と「元気に」は履き違えないほうがいい気がする 明るくするのは周りのためだが元気はまず自分のため 結構外からわかりやすい、しらけられる余地がある
明るくといっても、エルダーは常に調子良くないので機嫌よくいられるための策が必要
喜びは予めある程度投資して望みを繋いでおく(時間、労力、勉強)
それぞれあまり関連のない楽しみ、喜びのほうが総崩れが防げて良さげ
結構人間性が違うから入れ込んだり完全に理解しようとすると無益に終わりがち 土台完全に孤独を解消することはできない
喜びとも通じている。「今日あの道に猫がいたよ」を誰かと分かち合えるのは、些細だが孤独の薄らぐ喜びだと思う。裏を返せばエルダーが何でもないことをすぐ話したがるのはその世代が孤独に迫られている証左のように思われる
歳を取るにつれ馴染みの人は減っていく。新しい関係を、前項と抵触もするけど、自分より若い世代の人と築けるように、気張れるようにしておきたい
エルダーは基本的に承認欲求は満たされない。「え〜っもっとお若いと思ってた!」など言われたところでもっと若いやつが隣でちやほやされてたりチャラチャラしながら仕事こなしてたりする。承認ほしさに周りの都合よく振る舞っても、なけなしの労力に見合う承認は得られないまま搾り取られて自分の機嫌が取れなくなりがち。かといって仕事の手を抜くと老害認定になる。生きることのコスパが悪い。
そんななかで人の価値や労力を低く見積もる体質の舐めプマンは不必要of不必要。壁を作って作り笑顔で接するが吉
舐めプではないが思いやりのない人も個人社会の俗世で多く見受けられるような気がする。こちらもやはり一枚隔てないと疲れてしまう。でも薄い壁越しでも寄り添っていけば一緒に過ごしやすくなるかもしれない。喜びの望みは繋ぎたい
改善は見込めずとも、めちゃくちゃ小さくても、何かしらの希望や祈りを持つと張り合いが出てくると思ってる
頑張ってても経験則的に正しくても、自分が絶対正しいとは思わない ただし舐めプマンは許すな
早めに人間を捨てる 欲望に任せる 強い 恋愛体質なら顔や毛髪や身体を作っといて色に溺れればいいし、威張るの気持ちいいなら相手を萎縮させるパターンを積んどいて恫喝しまくれば勝ち 勝つ喜び 不幸の手紙を書きまくれ
ただし そういうことができる人は少なくとも自分が自分に想定する以上には耄碌しているためしっぺ返しが想定超えどころじゃない途方ないものになりうると思っている ハイリスクハイリターン