日曜日の昼下がり。外は冷たい風が吹いているけれど、部屋の中は暖房を強く効かせているのでまるで春のようだ。Tシャツにホットパンツ。だらけた格好のまま休日を過ごす私は、クッションを胸に抱き込むように腹這いに寝転がって、あろえのコミュニケーションブックを調整していた。
コミュニケーションブックには、イラストに言葉を添えたカードがたくさんファイルされている。自閉症は言語能力に障碍があるかわりに、視覚から認知する能力は強い。口で言って解らないことでも、絵や文字にして目から読み取れるようにすれば比較的容易に伝えることが出来る。だから、こうして言葉を視覚化したものをファイルにして携帯し、いつでも参照出来るようにすることで、日常の言語能力を支援しようというのがこのコミュニケーションブックのねらいなのだ。
まだ慣れない頃は、他人に開いたページを見せながらカードを指さして意図を伝えていたけれど、いま彼女はカードを自分で見て言葉を組み立てて話せるようになっている。
使っているうちに、どうしても足りない言葉や、あっても使わない言葉というのが出来てくる。それを見つけるたびに、学校の先生や、深沢君がメモにして教えてくれる。私はその意見を参考に、あろえがよりストレスなく会話が出来るようにブックの中身を構成する。それは、彼女自身はもちろん、私も含め周囲の人間のためでもある。
ガラス越しに差し込む太陽の光が素肌に当たって温かい。あろえは、大好きなキラキラのついた、金や銀の色紙で輪飾りを作っている。部屋にクリスマスの飾り付けをするのに使うのだ。
静かで平穏な昼下がり、私はカードを握りながら、気が付けば傍らの携帯電話を見つめてしまっている。クリスマスイブの予定が空いたのなら、早めに月島君に連絡したほうがいい。こんな山奥の田舎町とはいえ、いや田舎町だからかもしれないが、人の集まるところはすぐに予約で一杯になってしまう。早く決めなくちゃ。第一それが礼儀というものだ。変にもったいぶるのは失礼に当たる。
いや、まて、いつのまに私は一緒に出かけるのを決めてしまってるんだ。大体、一緒に出かけていったとして、何をするというのだろう?
色々余計なことを考えてしまって、どうも、顔が熱くなってしまう。いやだなあと、思う。
「はい」
「私は困ってしまいました」
「はい」
「私はクリスマス出かけるかもしれないんですよ」
「はい」
「はい」
「相手は昔からの知り合いなんだけれど、二人で出かけるなんてはじめてなんです」
「はい」
「私の話なんか聞いていませんよね」
「はい」
言うなり、あろえはそれまで熱中していた色紙とでんぷんのりを放り出して、すっくり立ち上がった。あんまり現金な態度に、私はあきれるのを通り越して失笑してしまう。
あろえにコーヒーを、自分にはジュースを、そして向かい合って食卓に座っている。彼女は皿にあけたクッキーには目もくれないで、カップに集中している。このところあろえは一時期よりはずっと穏やかになってるし、クリスマス当日はいつも面倒を見てくれている深沢君もいる。きっと私がいなくても大丈夫だろう。となれば、結局、私が行きたいかどうか、が問題なんだな。
本当にどうすればいいんだろう。いや、答えはわかっているのだけれど、それでも迷っていた。
行こう、と決めたのは結局翌日の月曜日になってからだった。会社の帰りに月島君を追いかけて告げると、彼は驚いてから嬉しそうに微笑んでくれた。私が店の予約を気にすると、心配しないで当日を楽しみにしてくれればいいと言った。
その日私は新しいコートとブーツを買った。
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