2017-01-10

怒らない人になったら楽になった

他罰的、自罰的、無罰的という言葉を知っているだろうか?

 

これらは何か問題が起きた時に、責任を誰に課するか(課さないか)という話だ

他罰・・・責任相手に求める

自罰・・・責任自分に求める

無罰的・・・責任求めない

 

以前私は自罰的な性格だった

なにか悪いことがあったとして、「なぜ自分解決できなかったのか」と考えるタイプ

これは何でも人のせいにする他罰よりはマシかもしれないが

何かあるたびに自分の不出来に悩むので、非常にうつ病になりやす性格

 

私は相手に対して怒ることが嫌いだ

そもそも怒りなんて、ほとんどの場合自分感情を爆発させているだけだと思っている

「お前のために言ってるんだぞ」なんていうのは8割方言い訳に違いない

安易に怒りを露わにする人を軽蔑するし、自分でも感情を抑え込んで、自分責任にしていた

 

しかしある時気づいたのだけど

自罰というのは、言い方を変えれば「自分に対して怒っている」のだ

怒りの感情を心のなかで爆発させて、自分を傷つけているだけだ

他人攻撃するか、自分攻撃するかの差でしかない

 

そして私は自罰すらやめようと思った

でも無罰的にもなりたくなかった

問題放置するというのは、ただの逃避で、また同じ問題が起こると思ったからだ

 

そんなわけで、「問題には取り組むが、怒らない」というスタンスを取るようにした

そうしているうちに、このスタンスはいくつか利点がある事に気づいた

 

一つはどんな状況になっても冷静に目の前の課題に取り組めることだ

例えば、どんなに低レベル職場でも、怒ることな

目の前の階段を一歩ずつ踏みしめることができる

同僚がどんなにミスをしようが、わがままを言おうが

怒らず、過去を攻めることなく、前だけ見て問題解決することができる

逆に、どんなに高レベル相手に対しても同じだ

自分卑下することもせず、ただただ目標のために自分ができることを着実にする精神が身につく

 

これは自然災害に対して怒らないのと同じだ

雨が降ってきてイライラする人は少ないだろう

仕方ないと思って対処するしか無い

しか相手人間だったり、小さい事象だと思わずイライラしてしま

 

もう一つ良いことは、場の怒りが増幅されないということだ

怒りというものは伝播する

相手が怒ってるからと言って自分も怒ると、怒りは増幅されてしま

どんな状態でも、相手責任があっても自分責任があっても、とにかく怒らないことで場の怒りは抑制される

ある意味他人事」「冷たい」対応になるが、ミスが起こるようなシーンではそちらの方がいいと思う

 

最後に良いこととして、自分に対し寛容になれるということがある

完璧主義者な人は実践してみてほしい

 

 

まあ、それでもPCが動かないと未だにキレるんだけど

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