2016-09-24

国家による恣意的な投獄につながる、罪刑法定主義軽視を行う人に関して。

http://togetter.com/li/1028423

このまとめを読んで思ったことを書く。

 問題は、このまとめで挙げられている人たちが、法律規定されていない「犯罪」を持ち出していることである。様々な疑問があるとは言え、日本社会は一応、建前上は法治主義国家である。よって理想はともかくとして、法治国家としてのあり方に沿うような配慮が、政治的発言にあたっては求められることもあるのが現実である

 だから何かを犯罪認定するのならば、その根拠法を示さねばならない。しかるにこの件では、特定性癖である」というだけで犯罪であるとの呼ばわりがなされている。そういう理由で触法行為であるとみなす法律存在しないし、実際に「する」ことを伴わずに罰するのは、この件においては内心の自由侵害するため、憲法違反となって法律ができたとしてもどうせ無効であるし、既存法律内心の自由規制できるように解釈するのも不適切とみなされると思う。

 日本国憲法第31条に、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」とある。これは罪刑法定主義規定していると解されている。罪刑法定主義否定するようなやり方による「犯罪者認定」は、この精神に反する。

 そして本論であるが、この罪刑法定主義否定は、為政者による恣意的な投獄などの措置につながるのではないか法律案の国会による審議を経て必ず成立する法律ならば、勿論それでも様々な問題点はあるとは言え、一応国民意見が反映された法律と言えよう。この法律に従って犯罪認定し、取り締まるのは形式上正当である。ここで、法律によらず、「犯罪者認定」することがまかり通る世の中になればどうなるか。法律問題云々以前に、警察官個人的恣意留置所送りなどを行うことも可能となるのではないか

 もちろん、この言い方は極論であり、実際に罪刑法定主義無視された取扱が行われるのは、ありえないだろう。しかし、リベラル立場に立ち、人権擁護する主張をするものが、このような人権無視されるディストピアにつながる観念肯定してしまうというのは、そもそもふさわしいことではないと思う。昨今の日本では、リベラル的な言論が衰退していると考える人もいるらしいが、さもありなん、である。勿論ネトウヨのようにリベラルで無かったとしても、この国の法律尊重する立場であるというのならば、あのような言いようは許容され難いだろう。というかこの件、「ネトウヨ」(この集団もまたまったくの無問題ではないが)とされている人たちのがよほど罪刑法定主義内心の自由言及し、尊重しようとしているように思える。

 たしか犯罪行為は良くないことだ。批判されるべきだ。刑法なりなんなり、なんらかの法律規定された犯罪を犯した人物批判されるべきだろう。しかし、「犯罪者批判されるべき」という常識悪用して、自分に気に入らない思想思考人物犯罪者認定し、「批判されるべき」としてしまうのは、タイトルに書いたとおり危険な考えなのではないだろうか。

9/25追記

togetterの方で一悶着あったようで、まとめの内容はだいぶ変わっているようですが、本論は同じだと思います

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