2015-12-23

「付き合う」ことと「両想い」であること

はじめに

「付き合う」ことと「両想い」であることはイコールではない。

ということに最近気づいた。

というのも、両想いだけど、付き合わない、付き合えないということもあるのだとということだ。

その理由が、遠距離から立場上難しい(先生と生徒とか)、親に反対されたなどなど考えてみると意外とたくさんあるのだが、

私の場合、それが「年の差」であった。

今はやりの「年の差婚

芸能人google:年の差カップル

が続々と現れ、年の差10歳以上なんて当たり前のようになってきたこの頃。

そんなわたしも年の差なんと25歳の上司を好きになってしまった。。

結果からすると、その年の差を理由に断られてしまったのだが、その時に言われたのが

「お前のことは好きだし、10歳若かったら俺から言っていた、でもダブルスコアも離れてたらだめだよな。ごめん。」

てな感じ。

両想いが分かって嬉しいと思ったのは束の間のことでした。

要するに、両想い⇒付き合いましょう っていう図式がそう簡単に当てはまらないんだということを25歳にして気づき

両想いなのに付き合えないんておかしいだろってことをあれやこれや言いたいだけです。

「両想い」なのに付き合えない。

付き合わない、付き合えない理由、は最初に挙げた通りいろいろとあって、逆もまた然り。

必ずしも付き合っているカップルが両想いとも限らないのと同じように、「付き合う」というのはある種の契約みたいなものだろう。

彼氏」「彼女」と言った、肩書もつようになるわけだから浮気ダメ記念日は2人でなどなど・・・

言ってしまえばルール・縛りが生まれる。

まあ世間一般がそういうもんだみたいな意識があるからそうなっちゃってるのだけど。

でもだからこそ、その一歩先に「結婚」という法的な契約に進むことができると思う。

じゃあ「両想い」という想いだけを共有しあっている2人はこの先どうなるの?

彼氏ではない、彼女ではない、

ルールが、周りに伝える自分たち肩書がないから、2人の間だけで完結している関係性だから

こんなにも悲しいのでしょうか。

だって彼氏じゃないから、相手が仮に別の人を好きになって付き合っても

自分に怒る権利はないってこと。

付き合ってないから、結局などんなにお互いが好きでも前の関係と変わらないのではないか。

どこまでなら許されるの?

どこまでなら相手に近づいていいの?

からない宙ぶらりんの状態が今。

両想いだけど付き合えない、一番つらいね

「付き合う」はある種の契約

やっぱりお互いに 付き合いましょう、もしくは、恋人ですって認め合わない限り、

前には進めないと思う。

両想いに縛られて、別の人にもいけない、好きな本人とも関係を深められないっていう

とどまったもになってしまうのは良くない。

「付き合う」というある種契約のようなものルールができるけれど、そんな風に

相手との関係性、自分立ち位置をはっきりさせることって大事なんだなと、心が安定するなと思った。

友達場合だと、わざわざ「私たち友達だよね?!」なんていちいち確認してくる人はうざいと思ってしまうのに

恋愛だとまた違うと感じたことがおもしろいなと思いました。

ので、よくよく考えてそんなことを思ったので自分メモとしてもここに留めておきます

すべて個人的意見です。いろんな形の「付き合う」があるかと思います

しばらくゆっくり落ち着こう。

  • 名前のない関係って、しんどいよね。 吉本ばななの「白河夜船」っていう小説があって、主人公が年上男性との(事情が一筋縄ではない、ある種の)名前のない関係から人生の沼みたい...

  • 両想いなら「恋愛」だよね。個人的には「「付き合ってる」=「浮気に怒る『権利がある』」」という理屈がすでによく分からないんだよね。 「権利」って何? 怒りたいなら怒ればいい...

  • 想いは胸にしまっておいて、年に何回か一晩中セックスするのがいいと思う。

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