はてなキーワード: 利権とは
政治の話をすると人の本性が見えるのだろうか。伯父と都知事選の候補者について話す機会があった。
元々右寄りの人間であるということは知っていたが、純粋に候補者についての見解を聞きたくて気軽に話を振った。
「百合子蓮舫石丸がトップ3みたいだけど、学歴詐称女と二重国籍女とフェミシンパ市長がトップ3じゃちょっとな、どう思いますかね」という聞き方をしたら「まず桜井、次に田母神」とバッサリ言ってきた。
自分も保守寄りの人間で、在日韓国人に利権があることはおかしいと思っているし、外国人参政権なんてもってのほかだ。碌にルールも作らず移民だ共生だという自民党のやり方はおかしいと思っている。
原発は再稼働するべきだし減税もすべきだし、閣議決定でLGBT増進法を通してしまうのだって絶対におかしい。
でも個人的に桜井誠はやりすぎだ。なにせ政治活動をして逮捕されたことのある人間だ。
「桜井誠は在特会の創設者で、ちょっと極端じゃなかろうか」と言ったその瞬間、伯父は豹変した。「なにが極端なんだ!言ってみろ!法律を守ろうと言ってるだけだ!」激昂して掴みかかってきた。
在特会のことは昔から知っていたが、暴力沙汰を起こして逮捕されたニュースを見て、「この人たちが目指すところとはちょっと違うな、関わるべきではないな」と思った。10年以上前のことだ。でもそんなことは、伯父に激昂された時にはとっくに忘れていた。
法律を守れって言いながら破ってるじゃないかって、忘れてなければ言い返してやりたかったな。
「覚えてません」って答えちゃって勝ち誇ったように「じゃあ極端とか言うな」って言われたの、正直悔しかった。
意見が違うからと手を出した時点で暴力革命を是とする伯父が大嫌いな共産党と同じやり口じゃないか?
「極端かもしれないと思ったからそれが正しいのかどうか話したいのであって、そもそもわたしは自分の視点を常に疑っている。でも桜井誠のやり方で票が集まるのか、この国をよりよく変えていけるのか疑問だと思ってる」って言ったら言い返してこなかった。
自分が正しいと思っていることが本当に正しいのか、どう思うのか、どうしていくべきなのか、どういう人間がリーダーにふさわしいのかという建設的な話がしたかったが、ムリだった。
父とはそういう話ができたから、その父の弟ともできると思ったが、間違っていた。
なんでも相談に乗るよ、というスタンスの叔父だったが正直失望した。人間として見習うところのある人だと思っていたが、軽蔑すらした。
自分の意見や考えていることが絶対に正しくて、そうでない人間には手を出してもいいと思っているのは絶対に間違っている。
例え公安に監視されている共産党だって、思想だけなら自由なのが日本だ。思想を暴力で押し付けることは、この国の在り方そのものを否定することに繋がりかねない。
自分も正しいし相手も正しい、という前提と信頼がないと建設的な会話はできないということを思い知った。身近にこんな人がいたとは正直まったく思わなかった。
------
自由民主主義の国のトップに立つ者にはバランス感覚が必要だと思う。親戚同士でだってこんな望まない対立をしてしまうのに、1億人が集まったらみんな考えることなんてバラバラだ。
守るべきものを守り、変えるべきものを変える、民意をまとめるバランス感覚が優れていなければリーダーたりえないと思う(安倍首相は本当にバランスをとるのが上手だったと思う)。
それこそ日本第一党が主張する核武装論などバランスから逸脱してはいないだろうか。もちろん今にも戦争を起こしそうなお隣の野蛮の極み近平ランドを放置しておいていいはずがない。
だけどバランスをとるべきだ。日本人の多数が核武装を望むのであればすればいいが、今はそうじゃない。平和ボケしているだけかもしれないが、国民の多数が望んでいないことは国民に望まれないことで、主張しても支持されないことだ。
近平ランド以外の隣国に対してもそうだ。相手を必要以上に刺激してしまわないだろうか。たとえば隣国がNATOに加盟すると決めたら侵略した国は日本とも隣国だ。日本が核武装したら彼らはどうするのだろうか。それがきっかけで世界の構図が変わりかねなくはないだろうか。戦争の引き金になることや国際関係のバランスを考慮できているのか?
しかしだからといって「9条がある!自衛隊は不要!」などと主張して悪意のある国のされるがままになれば奪われるだけでこれもまたバランス感覚がない。
また、日本人になくて朝鮮人にある権利を否定することと、人種差別をしていいことも当然違う。むしろまったく別問題だ。人種差別をするような政治活動家は一歩間違えればヒトラーだ。
新大久保に集まって「ゴ○ブリ」などと汚い言葉を吐くのは良識のある人間として超えてはいけないラインだろう。
やっぱりわたしの視点からすると桜井誠や在特会は極端だ。バランスがとれているとは全く思わない。
相手がそうだから自分もそうしていいという考え方もあるだろうが、日本は法治国家だ。変えるべきことは暴力ではなく選挙で変えなければならない。
国がそうだということは当然だとして、これは家族という社会の中でもそうだろう。暴力には訴えず、話し合って、皆がよりよく生きていける日本にしないといけない。
日本人として、和を以て尊しとなせるように生きていきたい。そうしていくと誓った。
-------------
今回のことがきっかけで「保守とは永遠の微調整」という言葉を知った。有本氏は「保守というのは極端なものを嫌うものだ」と言っていた。どちらの言葉も非常にしっくりきている。
女性選挙権を奪うためにドイツ法学書を捏造し、利権と天皇制維持のために国民を戦争や原爆や水銀その他の犠牲にし、メディアを使って大衆の支持を装っているインテリヤクザは、女性や弱者男性の言論や収入を制限しようと躍起になっているようである。
女性賃金上昇のためにストライキをする労働組合など存在しないくせに、人件費に一切関係ないフェミやら環境改善のレベルで、さも争っているかのように見せる米国植民地の姑息
2024年の2月(立春)から「第九運の20年間」に入るので時代の大枠が大きく変わります。
様々な分野で起こるエポックメイキングを通して、それまでの常識や価値観を覆すような出来事を体験することになるでしょう。
インパクトの強いイベントではありますが、新たな時代へ向かうための「プロセス」であります。
まずは、これまでの第八運を振り返ります。
2004年(立春)~2024年2月(節分)の第八運は、八白土星(☶)が担う主な事象は「止る、変化」。
象徴する自然象意は「山」で、人間界に置き換えると「組織や権力、ヒエラルキー」です。
第八運で出現した「止る」の事象で、もっとも強いインパクトを受けた出来事は「外出自粛」で、世界的には「ロックダウン」。
「組織」に関することは、芸能界や大企業の不祥事、さらには政治の裏金問題で信用の「山」と共に組織そのものが崩れるような事象が生じています。
「ネガティブな出来事と闇」を見ることになるので、あまり気分の良い体験ではありませんが…
しかし、これまで幻想や嘘で胡麻化されていたことが明らかになり、「真実」を知り得たのですから決して悪い出来事ではありません。
第九運は、九紫火星の「離☲」が担う正象の「火」による事象が社会的に発現します。
「火」から生じる明るさは「物事の露呈」を促すので、これからも様々な方面や分野で物事が明らかになるでしょう。
また、基本的な性質を表す「卦徳は明智」ですので、その事象からはテクノロジーやAI技術のさらなる向上でシンギュラリティを起こり得る事象でしょう。
人物においては、九紫象意を担う「アーティスト、学者、美女、中女」に光が当たります。
その反面、強い光が当たることで「陰」も色濃く現れるでしょう。
つまり、九紫火星のエネルギーが旺盛になる反面、その事象が行き過ぎる状態も生じます。
組織においては、これまでの中央集権型組織から自律分散型組織に移行するで、ひとり一人の自立がマストになるでしょう。
目的を果たすための「離合集散」が起こるので、これまでの「利権」にしがみつく依存的な生き方は淘汰されるかもしれません。
次に迎える「新たな180年周期が始まる第一運」に繋げるための「離の作用」が活発に推し進められます。
つまり、人類の成長を妨げる原因となり得る「因習」や「悪魔的な闇」は火による浄化が施されるでしょう。
この事象は、社会的事象だけでなく「個人の意識」にも生じ、そのタイミングにおいては個人によって様々です。
“天国に一番近い島”南太平洋のフランス領ニューカレドニアでなぜ暴動?人気のリゾート地で何が? | NHK | WEB特集 | フランス
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240523/k10014458551000.html
古くからのニューカレドニア住人に限ってきた地方参政権を新しい移住者にも広げる憲法改正をフランス議会が可決←なるほど
独立派も多いニューカレドニアではこれに反発して暴動が発生←なるほど
アゼルバイジャンが偽情報などを流し騒動拡大に関与←わからない
1万km以上離れたアゼルバイジャンがなぜニューカレドニアに?を解説
アゼルバイジャンはコーカサス地方の国でカスピ海とイランに接している
隣国アルメニアとはナゴルノカラバフという地域の領有権を巡り複数回の軍事衝突があったが
アゼルバイジャンもアルメニアも旧ソ連加盟国で、CIS独立国家共同体というソ連同窓会に所属しているが
旧ソ連国の軍事同盟であるCSTOからはアゼルバイジャンが離脱している
2020年の衝突時にアルメニアは「駐留ロシア軍もCSTOも何もしてくれへんやんけ」と不満を露わにしていたが
ウクライナ侵攻後の2023年にロシアはどうせ動かないと踏んだアゼルバイジャンが電撃的に侵攻制圧した
さてここでフランスだが、フランスはEU域内で最多40万人ほどのアルメニア人コミュニティを抱えている
多くはオスマントルコによるアルメニア人虐殺から逃れてきた人だ
その関係でアルメニアとアゼルバイジャンの紛争ではアルメニア寄りの姿勢を示しアゼルバイジャンを非難していた
アゼルバイジャンでは昨年バクー・イニシアチブ・グループという団体が設立され
首都バクーにフランスの海外地域海外県の代表を呼んで独立支援の動きを始めた
今回のニューカレドニアのほか、コルシカ島、仏領ポリネシア、仏領ギアナなどフランスの領土問題に火をつける報復外交とみられる
アゼルバイジャン議会の外交委員会では、ニューカレドニア独立への措置を求めるほか
国内の油田利権からフランス資本の排除をするなど反フランス的動きが続いている
というわけで、ニューカレドニアでデモやストレベルではない大規模な暴動略奪になったのは、フランス国会の傲慢さだけが理由ではなく
利権にまみれたオリンピックに採用されることと、スポーツの競技性は無関係なんじゃないかね。
素晴らしいね。
こういうのを調べると、自分の血を残すモチベーション湧いてこない?
29歳なら年上狙うとかの戦略立てればギリギリ間に合うので、婚活頑張れ!
過去帳は、興味本位ではなく、ご先祖を弔いたい、といえば断るお寺は少ないはず。
まじめに、明治時代のご先祖様の100回忌を計算して、法要してあげれば、さらに色々と知識が深まるよ。
なお、明治時代半ばまでは、戸籍はグレゴリオ歴、過去帳は天保暦で日付がずれることもあるので、その辺の知識も整備した方がいいかもね。
山口県は、特に戦前はハワイや旧植民地への移民が多かった地域なので、色々なドラマが多いと思う。
定額小為替の手数料は、郵便局は理不尽な利権などもあり、あり得ないほど高くなってる。
ネットがない時代は個人送金の一般手段だったが、現在は役所関係以外で使うことはないだろう。
あと、先祖で旧軍に所属していたことがある人の場合は、「兵籍簿」を取れば(詳細はググってね)、さらに細かく分かることがある。
(実は戦犯処刑されている人などは、戸籍が請求されても役所の人が謄本を作成するときに塗りつぶしてしまうことがある)
なお、平成初期までは、別に直系先祖でなくても誰でも自由に他人の戸籍を取得できた。
その時代、日本中の戸籍を取りまくって、人名辞典を作っている会社がいくつかあり、そこにご先祖さんが掲載されていると、直系ではなく傍系の調査も捗る。(詳細は「日本紳士録」などで検索)
親しい友人が、ディープステートをはじめとする陰謀論にハマりました。
趣味のSNSで陰謀論について積極的に発信するようになり、陰謀論者である主催者がおこなうパンデミック条約反対デモに参加すると言い出しました。
私は、陰謀論の主張内容にも、それを信じ広めようとする人たちの態度や振る舞いにも賛同できません。友人がそういった思想に染まることが耐え難く、陰謀論を信じることをやめてほしいし、最低限デモには行って欲しくないと思い、説得を試みました。結果、陰謀論への信仰(本人は自分の主張を陰謀論とは思っていない)を止めることは叶いませんでしたが、デモへの参加は思いとどまってもらえました。友人を説得するために手紙を書いたのですが、直接口頭で伝えることができたため、この文章を送ることはなくなりました。
せっかく書いたのにもったいない(笑)ので、供養と、私と同じように陰謀論デモへ行こうとする友人にモヤモヤしている方の気持ちを整理するきっかけになればと思い、ここに投げることにしました。また、手紙の本文中に挙げた書籍は、陰謀論の実態を知るために読んだ十数冊の中から、中立的な立場から書かれていると感じたものを選びました。特に「情報パンデミック」は読みやすくおすすめです。
なお、私の友人は「ここまで心配してくれる友達との仲を壊してまで行くのは止めよう」という気持ちからデモ参加を取りやめたのであって、陰謀論を信じること自体を思い直したわけではなさそうということを書き添えておきます。予断を許さない状況は続いています。
友人へ。もし、この投稿を見つけたのなら、陰謀論というワードで検索したか、少しでも疑問を抱いたか、だと想像します。正直、私の反対を押し切ってデモに行くなら絶縁もありうると思っていたし、陰謀論を信じ続けるのであれば今までのようには付き合えません。考え直してほしいです。
パンデミック条約反対デモに行く気持ちは変わらないと聞き、今の時点での私の思いを伝えておきたいと思い文章にまとめることにしました。返信しなくて構わないから、読むだけは読んでください。
あなたが心から日本の現状を憂い、未来を良いものにしたいという善意と熱意からデモに参加しようとしていることは、十分理解しているつもりです。その気持ちを否定したいのではありません。
でも、私との友人関係と「真実」を多くの人に知ってもらう活動、そのどちらかを選べと言われたら、今のあなたは後者を選ぶでしょう。そのことが本当につらく、悲しいです。実際にそうなるかもしれないという危機感と覚悟を持って、今この文章を書いています。
陰謀論を信じている人を説得することは困難、むしろ逆効果であることも承知の上です。本来であればスルー一択の状況だけれど、私はあなたとの友人関係を失いたくない。その一心からであって、決して非難や攻撃をしたいのではないということ、分かってください。
ここからは、あなたの信じる「真実」のことを陰謀論と呼ばせてもらいます。安易なレッテル貼りが良くないことは重々承知していますが、他に適切な言葉が見つからないので、ごめんなさい。
一部の権力者が外からはわからないように自らの利権を得るためのはかりごと=陰謀、陰謀があるという前提で世の中の事象を説明しようという試み=陰謀論、と捉えています。史料や証拠があり明るみに出ているものは陰謀、明確な根拠がないのに仮説をそのまま事実と主張するものが陰謀論、です。現在進行中で明るみに出ていない陰謀もあるかもしれませんが、明るみに出るか確実な証拠が見つかるまではそれも陰謀論の範疇といえます。正しくないかもしれないけれど、間違いを回避するためにはこのスタンスを取ることが健全ではないかと考えます。
今回のデモの主張内容、ワクチン関連死の真相解明・超過死亡の原因究明・パンデミック条約反対、これら自体は真っ当な主張に見えます。
しかし、主催者の発言などを見ていくと、おそらく陰謀論の論理、価値観を前提にしているのだろうと推測ができます。「日本を滅ぼしたい何者かがばら撒いた毒によって人がたくさん死んでいる」と言いたいのですよね。
陰謀論は、科学的根拠を精査しておらず論理が飛躍していることにも違和感があるのですが、それ以上に「全ての事象には必ず明確な原因がある」という二元論の姿勢こそに、問題の本質があるように思います。
あなたは、デモの主催者が陰謀論者であるという私の指摘に対し、彼の言うことを全て信じているわけではないと言っていました。陰謀論には、荒唐無稽なものから、真実に近そうなものまで多々あります。しかし、荒唐無稽なものは信じていないから、というのは、陰謀論を信じていないということにはなりません。
「根拠の不確かな」「それっぽい説を真実と信じ込み」「善悪二元論に帰結させ」「反論する相手のほうが間違っていると攻撃し」「自分の信じる真実を理解しない者は反対勢力に洗脳されていると憐れむ」「対話不可能な」言論に心当たりはありませんか。
あなたの主張には、おそらく正しいもの、現実に即したものも多々含まれる。しかしその根底にある信念(ディープ・ステートによる世界の支配)は、紛れもなく陰謀論のものです。ディープ・ステートの存在は、現時点ではあるともないとも証明のしようがない。それを「ある」と確信しているところに、危うさを感じます。
利権絡みで政治が歪むというのは普通にあることでしょう。歴史を紐解けば、そういった陰謀が実際に存在したこともありました。
しかし、少子化・報道・感染症対策をはじめ、あらゆる現象がそこへ帰結するというのは、いくらなんでも飛躍しすぎです。ディープ・ステートが本当にあると信じることが、認知を歪めてしまっていると感じます。
世の中には「わからない」ことがたくさんあります。答えが一つではないことも、立場が変われば意見が変わることもいくらだってあります。
ワクチン関連死の真相も、超過死亡の原因も、おそらく現時点では「わからない」のです。わからないなりに、未知の感染症になんとか対抗しようと手探りで行われた結果、思いもよらない被害が出てしまった。そんなところではないでしょうか。
もちろん、それで良かったとは言いません。原因も究明されるべきでしょう。それでも、わからないかもしれない。科学の、医学の力なんてそんなものなのです。
もし原因が判っても、今の政権は都合の悪いことを発表しないかもしれない。隠蔽を疑いたくなるのはごもっともです。だからデモで抗議する。理解できます。
しかし、それがなぜ「隠された陰謀によるもの」と結びつくのでしょうか。「明確な答えがないと不安」な気持ちを、絶対悪である何者かの所為にすることで安心したいのではないですか。
カルトやマルチや自己啓発セミナーと同じ構造です。不安を一発で拭い去ってくれる魅力的な何か、「気づき」、昨日までの自分とは違う覚醒したような気持ち。そういったものを陰謀論はもたらしてくれるのです。脳にとっては快楽です。だからハマる、依存性があるのです。
真実だからスッキリ納得がいくのではありません。スッキリするからそれを真実と錯覚するのです。
私は、陰謀論を広めようとする人たちの、自分たちの主張が絶対に正しいと信じて疑わない(ように見える)立ち振る舞いが苦手です。
世の中に、絶対的な悪や完全な正義はないと思うからです。世界の仕組みも人間の行動も、数十分の動画で簡単に説明できるほど単純ではないと思うからです。理不尽で不可解な状況に置かれたときも、一旦は現状をありのまま受け止めることからしか、理解は始まらないと思っているからです。この点において、陰謀論のスタンスとは相容れないのです。
そもそも、隠された世界的な陰謀が本当にあったとして、それを一般市民がYouTubeで手軽に知ることができるなんて、おかしいと思いませんか。
デモに集まるのは、陰謀論的な価値観の人、それに疑問を感じていない人たちだと思います。同じような意見の人に囲まれていると、その意見が多数派で正義のように思えてくる。リアルな陰謀論のコミュニティに参加することで、あなたがそちらの世界にますます傾倒してしまうことを恐れています。
デモはきっと楽しいでしょう。同じ意見の人たちと語り合い、声を上げ、この国の未来のために行動しているという実感が得られるわけですから。せめて、ここまで読んでもらって、陰謀論の「おかしさ」に少しでも疑問をもってくれていたらと思います。
また、陰謀論とスピリチュアル、自然派、マルチ、カルトは親和性が高いです。これらは、日常生活や人間関係に大きく影響します。コミュニティの内側にいると気づきにくいものですから、引きずられないよう気を付けてほしいです。
「陰謀論と言われても負けない」「陰謀論なんて信じてないけどこれは真実」「正しい情報は隠されているから自分で調べなければならない」これらは陰謀論に飲み込まれる人が必ずと言っていいほど口にする言葉です。
あなたは政治・経済に詳しい。それは誰もが認めるところです。けれど、政治に関心が高い人ほど陰謀論を信じやすく、逆に教育の高さや政治的立ち位置は陰謀論への染まりやすさに影響しないということは知っていますか。
ネットやYouTubeだけでなく、ぜひ一度関連書籍も見てみてほしいと思います。あなたに勧められた動画を見ていない私が言える立場ではないとは思いますしその点は申し訳ないと思うのですが(実はいくつかは観ようとしました。しかし冒頭から何を言っているのか意味がわからず、苦痛で、すぐに観るのを止めてしまいました)、少なくとも誰でも好きなように公開できる動画よりは、ファクトチェック体制のある書籍のほうが信頼できると私は考えています。
参考までに、陰謀論の歴史やそれを信じるに至るメカニズムを、心理学的・統計的な調査をもとに分析している書籍を挙げておきます。
「陰謀論入門」ジョセフ・E・ユージンスキ 作品社 2022年
「情報パンデミック」読売新聞大阪本社社会部 中央公論新社 2022 年
私は賛同できないけれど、陰謀論を信じること自体は個人の自由です。それなのになぜその世界観を否定するのかを、最後に書きます。
あなたは、「真実が一人でも多くの人に広まってほしい。生活が安定しなければ趣味も楽しめない。政治は生活だから、政治のことを発信していく」と言っていましたね。
しかし、まず大前提として、趣味のSNSではみんな趣味の話をしたい。人の家の生活、たとえば晩ごはんのメニューがどうでもいいのと同じように、人の政治的主張もどうでもいいのです。
もちろん発言することは自由です。時には「あ、なるほど」と思い、時には「ちょっと面倒臭いな」と思い、多くはスルーされるでしょう。平和的な、現実に即した発言であれば、ですが。
陰謀論の本質は、全てを二元論に帰結させがちなところにあります。つまり何かを語る時、一方的かつ断定的な物言いになる傾向があります。率直に言って「怖い」のです。反論なんかしたら百倍になって返ってきそうだし、話が通じなさそうに見えるのです。
それを見た人はどう反応するか。同じ意見を持つ人は賛同を表し、ますます先鋭化していく。反対意見の人は、反論して不穏な空気になるか、黙って去る。そしてほとんどの人は、そっと離れる。だって怖いから。
すると、いずれどうなると思いますか。あなたの周りには、同じように陰謀論を信じ広めたいと考える人が残り、先鋭化した思想についていけない大多数の人は離れていくのではないでしょうか。
陰謀論を広めようとする人たちは、自分たちの主張を絶対に正しいものと信じ、否定するものを断罪し、自分たちの主張に都合のよい事実のみを根拠としてつまみ食いします。
陰謀論は思想だから、言説を信じることで次第にその行動様式にも染まっていくのです。
最近のあなたの言動が、これに近づいていることは自覚していますか。陰謀論をひとつの説として受け止めるにとどまらず、その善悪二元論的な考え方を自分の中へ取り込んでいることに気づいていますか。
先月、攻撃的な言動や非科学的な情報の拡散を控えてほしいとお願いした頃、次第に過激化していくあなたの振る舞いをそばで見ていて、私はとてもしんどかったです。趣味のアカウントで積極的に思想を発信し、周りから静かに距離を置かれていることを察して切ない気持ちになっていました。非科学的な言説に対し、どう反応してよいのかわからず困惑していました。
しんどければミュート・ブロックしてくれとあなたは言いますが、実際にそれをしてしまえば、今後あなたと一緒に趣味を楽しむことはできなくなりますよね。
受け止め方は人それぞれだから、と言うのは、一見、冷静な態度に思えます。離れてもどうでもいい他人ならばそれで構わないでしょう。
しかし、私や親しい人たちに対してまで、気に入らないなら見なければいいと言ってしまうのは軽率ではありませんか。私はあなたにとってその程度の存在なのかと、悲しくなりました。
趣味を楽しむために始めた発信なのに、一緒に趣味を楽しむはずだった人々が離れていく。そして孤立すればするほどこの傾向が加速する。
信じることが自由であっても、思想を広めようと発信することには責任が伴います。その思想自体に賛否があることはもちろん、その他の発言も陰謀論的な価値観を持つ人の発言と受け取られるようになります。「結局、陰謀論を広めたいんでしょう?」「ヤベー奴の言うことはヤバい」となるのです。既に、趣味アカウントの一部のフォロワーの間ではそういう空気になっています。
陰謀論の主張内容や拡散方法に対して、不快感や嫌悪感を抱く人がいることを想像していますか。第三者にそういった感情を抱かせる発信をする人から、離れたいと思う人がいることは想像できますか。
陰謀論は、カルトやマルチと同じように、思想に染まることで人格を変え、周りに広めようとすることで人間関係を破壊するのです。
くり返しますが、あなたが心からこの国と未来を憂いて、善意と使命感から陰謀論を信じていることを非難するつもりはありません。
あなたはきっと世の中の不条理や無理解に対し、大変な憤りを感じているのでしょう。あなたが世の中の問題へ真摯に向き合った結果、周りへの影響を過小評価し、私との関係を犠牲にすることすら厭わない態度を取らせるに至らしめた陰謀論が憎いです。同時に、それをあなたへ広めた陰謀論者の人々もまた、心からの善意と使命感からそうしているのだということにやるせなさを感じます。
だれも悪くないのにどうしてこんなことになってしまうのか、言葉が見つかりません。ただただ悲しいです。
結局のところ、私が何を言おうと、あなた自身が気づかなければ私の言葉が響くことはないでしょう。あなたもきっと、私に対して同じように思っているのではないですか。私は体制側に洗脳されている、陰謀論とレッテルを貼ることで真実から目を背けている、結局は自分の力で気づくしかないと思っているのではないですか。
極端な思想を語ることのリスクはこれです。どんなに気が合うと思っていても、世界観、価値観の相違をあぶり出してしまう。関係の薄い相手であれば容易に分断を生み、親しい間柄にさえ話しても無駄という諦めが溝を生む。
自分は思想を押し付けたりしていないのに、私からは考えを押し付けてくるのは干渉しすぎだと思いますか。そうかもしれません。これが例えば宗教の話だとして、キリスト教や仏教なら何も言いません。でも、統一教会やオウムなら全力で止めますよね。陰謀論はそういう性質のものだからです。少なくとも無害ではない。これ以上深入りすれば、あなたは私の知っているあなたではなくなってしまうかもしれない。だから、行き過ぎを承知で言っています。同時に、陰謀論と言われても仕方ないと解っているのに、信じるのを止められないことへ無力感を覚えます。
初めにも書きましたが、もっと関係の薄い相手であれば、陰謀論にハマったと感じた時点で穏便に距離を置いていました。思想に洗脳された人を見るのはしんどいし、説得することは困難だからです。
それをせず、反感を買うかもしれないこんな長文をわざわざ送り付けたのは、私があなたを失いたくないからです。どうか、私のために頭を冷やしてほしい。
自民党と他の政党を比較してみてもどれがマシかで言えばどれも酷いとしか言いようがない。
それでも次の選挙で自民党を落選させることを頑張ってみた方がいいのかも知れない。
たとえば公務員なんかは3年もすれば部署異動をさせるが、これは不正を防ぐためにシステムとして組み込まれている。
10年同じ場所に居続ければ妙な人脈だって出来るし、そのあともまた10年20年と続けられるとなればよほど清廉潔白でもな「少しくらいなら」と考えるかも知れない。
そこで上手くいってしまい、党の組織も自分たちに金や利権が転がり込んできて当選できるなら何でも黙認しますよという態度とくれば、転がり落ちるようにどんどん悪いことをやるようになるだろう。
「長期政権」という事自体がどうしようもない毒なんじゃないだろうか?
あらゆるもの、人間、政治、企業、政党、街、国、全てを腐らせていくような猛毒。
民主党が政権を取る直前に「とにかく一度自民党を引きずり下ろそう!」という動きがあって、あのあと民主党のあまりにもしょーもない所が露見して反動で自民党政権に戻ってだいぶ経った。
正直ね、もうどんな政党を当選させてでも自民党の人間にずっと同じ椅子には座れないって気持ちをもたせたほうがいいと思うんだよね。
癒着してる人達だって「ずっと相手が当選してくれるから絶対バレないだろう」と思って癒着しているだろうけど、もしそこで「でも今度の選挙は駄目かも」となると考えを改めると思うんだよね。
別にこれは自民党に関わらず、どんな政党だろうと長期政権っぽくなったらその半分ぐらいをランダムにひっくり返してしまった方が良いし、それが個人であっても連投しているならそれ自体を理由に引きずり下ろしたほうがいいと思うんだよね。
どうなんだろうね実際。
令和の今の世の中で同和利権団体と揉めた結果、担当者が自殺に追い込まれたって話を聞くと、在日利権も本当のところはあるんだろうなぁと思ってしまう。まーそんなことを言おうものなら人権意識の高いリベラルさんからボコボコにされるだろうけど。
1970年代の部落解放運動は、自民党系の自由同和会、当時の社会党系の部落解放同盟、
自由同和会と部落解放同盟が、わりと利権目当て寄りでどんどん暴走していったけど、
そんな声がどこからか聞こえたが、俺が知っている中で最も同和の話に近いのが一時期ネットを折檻した韓国人優遇の話なのだから仕方ない。
結局のところ、あの頃散々叩かれた「ごくごく一部のやたら優遇されている韓国人Ⅱ世Ⅲ世」というのは、同和の一種だったのだろう。
戦後のゴタゴタなどで韓国人を差別してきた歴史を持つ地域に深く関わる行政が、差別主義者としての自分たちの状況を小手先で誤魔化そうとし続けてズブズブの関係になっていったわけだ。
なるほど、ネトウヨとして暴走し大学や親や初めて入った職場で煙たがられながらも必死に勉強し続けた知識が今になってようやく役にたった。
利権を一度認めると、「利権を一度認めてしまった」という情報を世間から隠すためにずっと利権を認め続けることになる。
これが民間企業だとふとした業績の悪化によって「これ以上は耐えられない!」と吹っ切れることもあるし、倒産と共に膿が一気に地域一帯へと流れ出すこともある。
だがこれが公共となると中々倒れない。
何よりもそういった利権を黙認するかしないかの判断が自分たちの利益に一切影響しないという役人の立場が「とりあえず面倒臭くなさそうな方向で」というインセンティブを強く働かせるわけだ。
結果的に日本中に同和優遇・外国人優遇を始めとした様々な「元被差別階級」に対する優遇措置が行われ続けるわけだ。
恐ろしいな。
フェミニストもどきの連中がい前も何度も新たなルートで繰り返している恐喝と全く同じやり方だ。
何千年前に生み出されたのか知らんが、全く持って人類に寄生するのによくできた方式だと思う。
根絶やしにする方法があるとすれば、優遇措置をしてしまった人間を捌きすぎないことだろう。
だがそうなると今度は裏で繋がりを持ったままにして利益を折半してチャンチャンとなりかねないわけだ。
難しい。