夕飯が面倒で死にそうだけど、コンビニ飯はイヤというわがままなオイラが最近食べ続けている夕飯メニュー、ホイル焼き。
昔々、ママンが鮭とか魚をバターで焼いてくれたのは覚えていたが、あまりおかずっぽくなくて、ご飯が食べられないので好きではありませんでした。でも、もういい年になったオイラはご飯なんて食べなくても生きていけるので、ご飯が食べられないおかず、大歓迎でございます。
で、魚ばっかりだと思っていたホイル焼き、お肉でもいけます。というか、肉が軟らかく調理できて、こっちの方が美味しいぐらい。
今日の他の日記で鶏肉が固くなるとかあったけど、この調理法なら普通に美味しいです。
あと、野菜を食べられるので、これもおすすめ。春キャベツなんて、甘くて旨いぜー。
とまぁ、ホイル焼きを持ち上げたのだが、メリットとデメリットがあるから、先にその点について話しておく。実際に自分で作るかどうかの判断にしてほしい。
大体、15分ぐらいで料理完了。ホントホント。しかもそのうち10分は加熱時間だから、実質5分ぐらいの調理時間。野菜を切って肉を切って並べて終わり。
オイラのレシピは鶏肉を使います。でもって、これに合わせた料理で野菜たっぷりだと、調理時間のかかる物ばかり。風呂上がりにちゃちゃっと作ってTV見ながらダラダラするには時間はかけたくない!
ずぼらなオイラはホイルから取り出さないので、洗い物が格段に少なくて楽です。
塩胡椒で十分美味しいのだけれど、単調と思う人もいるかもしれない。好きずきだけど、難しい問題です。
ご飯のおかずっぽくないです。
続きはまた今度。
それは言語としての特殊性じゃないよな。
経済的要因だろ。歴史的に東北アジアでは経済的にも政治的にも中国の存在が圧倒的で共通語は中国語だったし、現在は日本の近辺に経済的に均衡した国がない。つまり、日本語を積極的に学ぶ動機が少ないんだよ。これがドイツとフランスだったりすると、お互いの衛星放送なんかでお互いの言葉をちょっとずつ覚えてしまえば後々商売で役に立つことも多かったりするんだが。ま、今後の日中・日韓関係に期待するんだね。
たとえば他のいままで使った事のないような言語の国にいったとしても、
一週間ぐらいいればほんとうにちょっとした会話ぐらいはできるようになる。
でも日本にきてる外人さんはもちろんのこと、海外の人に日本語教えてくれっていわれてさ、
その教えることの困難なこと困難なこと。
おかしいと思わないか。君が相手の言語を学ぶのと、向こうが日本語を学ぶのとでそこまで致命的な落差があるわけないだろう。
要するにそれは学習意欲の問題じゃないのか。例えば君は「現地語で最低限の会話はできなきゃ恥ずかしい」と思っているが、大抵の人間はもっとずぼらで「いざとなりゃ英語で押し切ればいいだろ」と思っているとか。
それは全然そんなことないぞ。中国人からすれば日本語の方がだいぶ簡単だ。なにしろ語彙がかなり重なるんだからな。そして、アラビア語は印欧語とも日本語ともかけ離れた言葉だからどっちにしても難しい。
ここら辺って最短で、って注釈つけないと。干すのにかかる時間と同じくらい取り込むのにかかる時間もあるし掃除もトイレ掃除とか風呂掃除とかしないの?不潔だよ?
洗濯物は部屋干しだから取り込まないし・・・
食卓以外では紙ゴミ、ビニールゴミしか発生しないから週一の回収で十分
なんつーか30分ってのはちょっと見栄はっちゃったって感じだなw
俺はズボラだからさ。30分で収まる
最速料理だと10分とかだし
そんなもんだろ
決してピカピカの家ではないし、俺より料理のうまい奴がごまんといる
しかし、30分に納めるのは可能だ
できないというのはライフハック話聞いてそんなマッチョなことはできないよ
言うのに近いと思う
つーか、兼業主婦の家事って20分から1時間程度だと思っているわけで
やろうと思えばその時間でできるだろう
たしかに煮物は楽だな。
煮物派スマン
俺はジャガイモの皮むきが面倒くさいのだ
ハンカチはどーしてる?
ハンカチはくしゃくしゃのまま
(彼女が担当する日は俺は家事しないので平均25分位になるかもな)
一汁三菜は俺にとっては死ぬほどめんどい
作れる増田は俺なんかより能率がよいのだろう
まぁ、あれよ。30分でも2時間でもいいけどさ
女に家事が12時間労働並にきついとか言われるとカチンと来るのよ
俺は12時間も働いてないけどさ
http://anond.hatelabo.jp/20080306011101
自分で作ったものだから愛せた。
入社初年度にVBAで何か作れとの課題をいただいたのでExcelで家計簿を作った。
Web化、共有したかったので1年半前にGoogle Docsで作り直した。
自分の好きなように直せる、痒いところに手を届かせることができました。
自分が、貯金やライフプランについて気にしだしたのは去年の8月のこと。
まずは月の収支でも把握するかということで、家計簿をつけることを思いつきました。
そこで以下、自分の使った家計簿や、家計簿をつけたことによって得られた効果、
家計簿を続けるコツについて書いてみたいと思います。
http://mobile-kakeibo.sakura.ne.jp/
項目を自分で設定できたり、iGoogleにガジェット追加できたりとなかなか便利。
そっけないデザインも実務一辺倒ってかんじで好感持てます。
ssl非対応ってところにシビれるけど、
まあ大事な情報は載せないからいいかと、それから割り切って使ってみました。
家計簿がついに半年間続けられました。すごいうれしい。
フォームから希望の機能を送ると
管理人の方がサクッと対応してくれるところもいいところ。
今後も当分続けていこうと思います。
■家計簿による効果
家計簿をつけてみると、
自分の生活には以下のような変化がありました。
一ヶ月目:
とりあえずがんばって家計簿をつける。
日常の支出は特に変わらないけど、少しだけ節約を意識するようになる。
二ヶ月目:
家計簿をつけるのが苦ではなくなる。意識は一ヶ月目と特に変わらず。
三ヶ月目:
家計簿をつけるのが完全に習慣になる。過去二ヶ月間の実績があるので、
自分が何にどれくらい使っているか、おおよその目安がわかってくる。
四ヶ月以降:
過去三ヶ月の実績を元に、「メシ代」や「飲み代」等、
項目ごとの予算がたてられるようになる。
今月は飲み代がハイペースな支出なぶんその他の遊びを削るといった、
なんか、家計簿を続けて、
自分の生活がすごくいい意味で管理できるようになった気がします。
ということで、ちょっとスパン長いけども、
とりあえず三ヶ月続けてみるのが大事かなと思います。
■家計簿を続ける5つのコツ
今まで絶対に続かなかった家計簿を、今回はじめて続けられたコツ。
1.毎日家計簿をつけない。
→つけられるなら、つけるにこしたことないんだけど、
以下2から5の方法を守れば別に毎日でなくても大丈夫です。
自分の経験では、4日以上たつと思い出せないことが増えてくるので、
だいたい3日に一回は家計簿をつけるようにしていました。
2.どんな店でも、レシートをもらえるときは必ずもらう。
無くしやすいので、レシートは絶対に自分の決めた定位置にだけしまう。
→自分の場合は、レシートをしまう位置を
ズボンの右ポケットと決めて、必ずそこにだけレシートを入れてました。
こうすれば数日ほったらかしても、
全てのレシートが取り出せます。
3.思い出せない項目は、とりあえず常識的な金額で家計簿につける。
→数日に一回で家計簿をつけていると、
「三日前の、あのときの飲み代っていくらやったっけ?」
みたいなことが何度か起きます。
このへんをきっちりつけようとすると家計簿は挫折しちゃうんだけど、
そんなときは前向きにあきらめて、「まあ多分4000円くらいでしょ」と、
適当な数字でつけておきます。
おおまかに把握するだけでも十分に意味があるはず。
数百円とか千円程度のズレを気にして家計簿を挫折するくらいやったら、
とりあえずの金額でつけておきましょう。
4.もし支出そのものを忘れてしまっても、それは大事な金額でないので気にしない。
→レシートの残らない支出の場合、日がたつと
お金を払ったことそのものを忘れてしまうってこともあるかもしれません。
でも、大きな金額の支出であればそもそも忘れないでしょうし、
その支出そのものを忘れてしまってもまったく大勢に影響ありません。
また、実際には、レシートの支出をつけているうちに
当日の自分の行動を思い出すので、
支出そのものを忘れることはそんなにありません。
5.交通費等、手間がかかる割に変動の少ない項目は、思い切って固定にする。
そもそも一ヶ月に電車に乗る回数・距離は予想がつくので、
ちなみに自分は月の交通費は8000円と固定で家計簿に書いています。
遠くに遊びに行ったとかでない限り、交通費なんて
もし予算からブレてもせいぜい月に2000円から3000円程度のはず。
だったら、すべての乗車履歴を追っても、
それによって得られる正確さが数千円であれば、
そんな項目は割り切って、固定の金額で決めてしまうのも手です。
自分は交通費を固定にして、家計簿をつけるのがすごく楽になりました。
ということで、以上、家計簿を続けるコツ含め、
その結果、保険とかライフプランなどにも興味を持てるようになりました。
ほんと、続ける前と後では生活スタイルも変わった気がします。
絶対に無駄にはならないと思うので、もし家計簿に興味を持ったら
よかったら上の方法を参考にしてみてください。
世の中には「目に見えるアナをほっとけない性格」の持ち主、というものがある。絶望先生でいえば木津千里ちゃんみたいな。曲がっているものがあれば立て直さずにはいられない、間違ってるものをみたらたださずにはおれない。困ってる人がいたら見過ごせない。それは、本人がいい人かどうかということではなく、本人にしてみればやらなければ気持悪いからやらずにおれないだけで、やらなくて済むものならやらないで済ませたいと思っていたりもする。
で、一方人並みかそれ以下に「ズボラ」なタイプの人には、そういう「やりたくないのにやらずにはいられない」という感覚からして理解できない。ズボラちゃんは基本的にやりたいことしかやらない。そんなわけで、ちょっと努力すれば埋まるような人生のアナをふさぐこともしない。ズボラちゃんは払わなくて良いお金払ったり、調べたら済むことを調べずにトラブルに巻き込まれたり、少し知識が有れば欺されないことに引っかかりそうになったり、とにかくハタから見てててもイライラするほど危なっかしい。本人は全然気にしてないけど、たとえばベランダの手すりに上ってる子供みたい。
で、そういうズボラちゃんの横にきっちりちゃんがいたとしたら……これはもう、悲劇を通り越して喜劇。
後者はことあるごとに「必死で」前者を助ける。そうせずにいられないから。正直勘弁して欲しいと思っても、目の前にズボラな行為があればつい手を出しちゃう。一方前者は後者のしてくれることが自分に利益となって返ってくるから、感謝する。でも「やりたいことしかやらない」ズボラちゃん視点で見ると「必死で助けている」きっちりちゃんの行為は「自分への好意」としか解釈できない。で「恩にきます!」「感謝してます!」とことあるごとに口にするけど、自分のズボラな所は全然直さない(そもそも直すという発想すらない)。そんで愚痴だけは言う「どうして私は失敗が多いのかしら」「どうして私はこんなに運が悪いのかしら」。
ズボラちゃんはきっちりちゃんのことを100%「大事なお友達」と思っているかもしれないが、きっちりちゃんにとっては基本的に「厄介ごと」に近い存在であり、よくて「手間のかかる子供」だ。だから、やりとりしててもついつい上から目線になり、口うるさくなる。「もっとしっかりしろ」「お前は半人前だと自覚しろ」「お前のせいで私がどんだけ苦労してるか少しは考えろ」……etc。
……という構図を考えた。合ってるかどうかは分からないし上に書いたのは極論だけど、「相手が悪い」意見が多めな漢字なので補正の意図を込めて「こういうケースもあり得るよね」という例示のつもりで書きました。これで考えると元増田さんのすべきことは「その人しか頼る人がいない(その人もそう)」という姿勢を見直して自立することではないかと思われます。
多分俺は神経質なんだけどさ。
でも常に神経質って訳じゃなくて、
基本的に面倒くさがりやでズボラなんだけど
「いや、こんな風じゃダメだ。ちゃんとしないと」って決意してちゃんとし始めると物凄い神経質になるっていうか。
それでそれも一週間くらい続いたりするんだけどあまりに神経質に生活するもんだから当然もたなくて、結局またズボラになんのね。
それの繰り返しでさ。もう生きるのが面倒くさくてたまらない。
ズボラモードになると休日とかオールパジャマだったり同じ服でベルトしたまま寝たりとかするわけ
歯磨きとかもしないし風呂もはいらないし
食うのも面倒くせえ、みたいな感じで。腹は減ってるけど、なんか食べるもの用意するのが面倒だから、そのために動くくらいなら空腹我慢するわ、みたいな面倒くささ具合でさ。
ネットとかやっててもブクマとか滅茶苦茶適当にかたっぱしからブクマしちゃったりして
まあ、そんで、後から泣きを見るわけで
それも自分で重々分かってるから、「これじゃだめだ!」って思って目覚めるわけ。
そんで毎日ちゃんと規則正しい生活を送り始めるわけ。布団を干したり着替えたり服をクローゼットの中にしまったり風呂に入ったりちゃんと髪を乾かしたり歯磨きをしたり食事を作ったりするわけ。って書くと単に普通の生活じゃねえかって感じなんだけど、なんていうか、その他の細かい事もいちいち気を配り出して止まらないんだよね。そんでそれが出来ないとずーっと気になっちゃって。
まあ普通の人は普通にやれてることなんだろうけど、俺にとっては物凄く神経を使うことでさ。もう擦り切れてくるのよ。一週間くらいたつと。ぶちんと切れるのよ。そんでまた怠惰なモードに入る。
もう幼い頃からこれの繰り返しで、夏休みの宿題も初めの数日だけえらく完璧に仕上げてたくせにその後はもう超堕落とか。ノートめちゃくちゃキレイにとってたけど途中で誰も読めない古代文字レベルに変わるとか。なんていうかとにかく落差が激しすぎる。
自分でも薄々気がついてるんだけどね。怠惰モードは本当人間としてダメなレベルに怠惰だし、かといって神経使うモードだとあまりにきっちり過ぎるっていうか異常に神経質というか完璧主義っぽくなるっていうか、本当、不器用なんだよね、俺。
でもさ、それに気がついたのは最近なんだけど、思えば小さい頃から俺はこうだったから、もう「超堕落モード」か「超神経質モード」以外の生き方が分からないわけ。普通の人が普通にやってる生き方ができない。ほどほどとか、適当とか、そういうのが全然出来ないんだよね。
で、増田に聞きたいのは、それってどうやればいいのかなって。
神経質モードの時に、「適当」を目指すとさ、なんかその「適当さ」を完璧にすべく神経質になっちゃって、あんまり意味がなくなっちゃうんだよね。そうじゃなくてある程度力を抜いて普通に生きたいわけなんだけど、でもどうすればそれが出来るのかわからない。親にも随分この事で叱られてさ、「もっと適当にやればいいの」とか言われたんだけど、お母さん、その適当が僕には分からないんですよ、ってなもんでね。でも「適当ってどうやればいいのかわからない」って言っても親は「適当は適当でしょ。屁理屈言うな」的に言うもんで、俺は「ああ、適当に出来る才能がある人はそれに劣っている人の気持ちが分からないんだ…」と軽く失望したりもしたわけですがそれはまあいい。「テキトー」ってどうやればいいんですかね。このままじゃ俺、限りなくダメ人間になるか、超神経質な人間になるしかない。どっちも嫌なんですわ。なんとかしたいんすわ。
他の人の記事を興味深く読んだこのシリーズ、俺も便乗してみるか。
会社員、30代、髪型普通、髭無し。特に身体鍛えてもいないので、外見的に分かりやすいゲイ的な記号は無い。自称フツメン。ゲイ的に非モテw。
他の人も散々書いている通り、ほぼ間違いなく無用な心配。お前そんなに超絶イケメンなのかと小一時間(ry
冗談はさておき、異性愛の男だって身の回りの女に「うおーやりてー」とかのべつ幕なしに考えてる訳じゃないのと同じ。そういう妄想をすることはあっても、それを実行に移すことの間にはもの凄く大きな隔たりがあるのも同様。
よほどの超イケメンだったらオカズにくらいはするかも知れないが、無理矢理にどうのこうのなんてあり得ない。だいたい、たとえ妄想の中でも力で組み伏せちゃえば何とかなるんじゃないかみたいな想定がしにくい。何せ相手も男だから。
そもそも、オカズにできるような男がそうそう身の回りにいない、というのはこのシリーズの他の記事にも書いてあったけど、その通り。ゲイの好みは少なくとも外見については細分化されるというのはやっぱり本当なのか。
ただし、首都圏に住んでるわけじゃないので、新宿二丁目に行けば出会いはあるから不自由してないという訳では無い。地方都市にもそれぞれそういう場所はあるけど規模が全く違うから、細分化された好みの持ち主同士のマッチングは至難の業。俺が選り好みしすぎっすか。サーセン。
自分では全く無い。オネエキャラの人は話してて面白い(ような気がする)けど、超イケメンでもその時点で性的には対象外になる。でも、全くオネエではない人でも話していると言葉遣いではなくて何となく柔和な感じがすることは多いから、俺もそうなんだろうなあと思う。
あと単純に、オネエなしゃべりだとテンション常に高くしてないといけない気がして疲れそうなんだよな。これは偏見というか、テレビの見過ぎですかねw
こういう言葉は言い換えてもその新しい言葉がまた差別用語になることの繰り返しだったり、新たに茶化すネタになったりするのでキリがないと思う。けどもからかう意味で使うんでないなら「ゲイ」の方が無難な気はする。そういえば「ガチホモ」とは言うけど「ガチゲイ」とは言わないなあ、なんで?
・・・なるほど、俺はゲイの中でも少数派ということかw
物の見方とセクシャリティの関連性が強い分野だと、異性愛の人とは少し違う見方ができるということはあり得ると思うけど、個人差大きすぎだろうね、それも。
少なくともモテなヘテロの方が俺よりはよほどファッションに気を遣ってるのは確か。急速に死語になりつつある「メトロセクシャル」とやらもあるから、ゲイだから云々というのはますます根拠が無くなっていくと思う。
ごく普通の会社員。転職経験は無し。全然女っ気ないよなとか、風俗誘っても乗ってこないよなとか穿ってみれば色々疑わしい点はあると思う。でもそんなヘテロなんていくらでもいるのも事実。多分バレてはいないと思う。もしバレていたとしたら、あんなに噂好きがウヨウヨしているにも関わらず少なくとも俺の耳に入るような形で陰口は言われていないということなので、良い会社だと思っておくことにするw
やはり家族としてはいきなり突きつけても受け入れるのは難しいんじゃないかと思う。家族には何となくバレていくのが一番良いと思っているんだが、しかしこの歳になってもろくに彼女もできない風なのをもう少し疑ったらどうかと言いたいw よほど非モテだと思われてるのか。
幾人かの親友には言っちゃってもいいかなーと思うこともあるけど、今は気兼ねなくお互い泊まりがけで遊びに行ったりしてるのが、ゲイだって伝えることによって妙な感じになったりする可能性があるのが嫌。「もしもお前が裸で迫ってきたとしても、キショイんじゃヤメロ! つってぶん殴るだけだから」と言ってやれば安心するだろうか。事実そうなんだけどねw それから、こいつはもし言ったら付き合い変えてくるだろうなあって奴も彼らと共通の友人の中にはいるので、そいつらのと関係もややこしくなりそうなのがウザいからなあ。
会社でした場合のメリットとデメリットを考えてみるに、デメリットの方が大きいと思うから会社でも無し。Q1にも関連するけど、全く対象外の相手に妙に意識されるのもお互い不気味で嫌だし、陰であれこれ言われているんだろうと思うのも不快。これは俺の自意識過剰故のこと。もっと恐れるのは仕事上で何かネガティブな評価をされるときに、ゲイであるというのがそれと関連付けられるのではないかということ。考えすぎだとも思うけれども、最終的に人事というのは人同士の好き嫌いに影響されざるを得ない現実がある。ライフハックバリバリの毎日が生産性アップアゲアゲなスーパー社員2.0ならそんなこと気にしやしないんだけど、査定に一喜一憂する「2:8の法則における下のの8割」に属する人間だから。さもしい話だなあ。
自分でも意味が分からないんだが、自分に好意持ってくれてそうな気配を感じると普通に意識しちゃったりする。キスとかしたいなーと思うこともある。おっぱい触ってみたいなーと思うことさえある。中学生か俺は。だけどセックスは無理だから、これは女子同士がじゃれて胸揉み合ったりして喜ぶ感覚と変わらないんだろう。カッコイイ男の身体みてチンコ立つ感覚じゃないから。
サーセン、無理っす。ケンドーコバヤシも面白いから好きだけど、そういう意味では全く無反応。要はガチムチ系がダメなんです。
俺の好みは外見に限って言えば、できればスリ筋で体毛少なめでイケメン。あー、恥ずかしいw でもこういう好みを押し出して2chのゲイ板とかに書き込みすると、必ず「腐女子乙」ってたたかれるんだよなー。確かに女子受けの良いタイプの男が好きだが! 腐女子違うぞ! 腐おっさんだぞ!
ところで、このシリーズの過去記事へのトラバの中に書いてあったけど、高田信彦とかってそういう意味の「かわいさ」を自分で意識してるのか。その辺は興味深いので是非識者のご意見を伺いたい所です。
この頃だけだね、もっぱら身近な男をオカズにしまくってたのはw それ以外どうしようもなかったから。
爺のイヤミになるけど、ゲイビデオだのゲイ用出会い系だの、最近の若い子はうらやましいよ・・・。だから楽しいゲイライフ送ってます、というような簡単な話じゃないのは分かってるけどね。
ロールモデルがないから、イメージが付きにくい。これが一番の不安の種だと思う。死ぬときはみんな独り、みたいなとこまで考えてしまえばそりゃ誰だってそうなんだけど、その手前のところでどうするかって話だよなあ。明日死んでも良い覚悟で日々を生きているようなアツい人生ではないから普通に長生きはしたいと思うが、かと言って不幸に長生きするのは辛すぎる。
結婚した方がいいかと思ってた時期もあるけど、妻にも子供にもバレたらお終いだと思いながら過ごす日々というのも辛そうだし、そんな奴の妻になってしまう女が不憫すぎるだろうと思ってあまり考えなくなった。そんな重大なことをバレないように暮らすのは俺には無理。ズボラだからどっかで絶対ボロが出る。適当に浮気して奥さんとも上手くやってるヘテロの同僚みてると(あいつならもしゲイでも結婚して上手くやっていけそうだよなあ・・・)などとよく分からんことを考えたりする。
要はこっちが聞きたい、ということ。状況が変わって、一緒に暮らしたいと思う相手と一緒に過ごす日々が来ればいいなあと思わなくもないけど、どうなんだろう、それがずっと続くわけでもないから、なんて思ってしまう。正しい答えは独りでも生きていけるように今からちゃんと考えること、なんだろうな。ちょっとせつない。
こうして文章にしてみると、自分で自分がどう思っているのか認識できたりして面白いね。良い機会を与えてくれた元増田の皆さん、ありがとうございました。他の方も書いてますが、これもあくまで俺の場合の一事例って事で。長々と読んでくださってありがとうございました。
anond:20070924223542 ある「ガチホモ」への10の質問
anond:20070925183312 ある「ガチオネエ」への10の質問
anond:20070925210641 ある「ガチホモ」等への10の質問 その3
anond:20070926021607 ある「ガチホモ」への10の質問 その4
anond:20070926215210 ある「ガチレズ」への10の質問
anond:20070930134449 ある「ガチレズ」への10の質問
http://anond.hatelabo.jp/20070827002540
言及ありがとうございます。自立するためお金を貯めているんですが、無いところで働いていてもなかなか厳しい部分があって、なかなか思い通りにはいかなくて難儀しているのが現状です。今年は車検もあって、大きなお金が出て行ってしまいました……。自分でも本当に情けないと思っています。
母親には、今でも「お前に(高校進学にかかった費用で)貯金全部使われてしまった。あの貯金があれば今頃は…」とネチネチ言われ続けています(高校生活は下宿でした)。もういい加減うんざりしているので自立したいと考えていますが、先立つものは何とやら、ですね。
都会へ出て……仕事があるでしょうか。高卒で普免しかなく、職歴もほとんど無い、就職市場では高齢人間ですので、非常に不安です。その他でも問題を自覚していますが、親はしきりに「お前は一人暮らしなんかできん。お金を無計画に使ってるからな」と罵倒します。確かに私は昔大変ズボラでした。しかし、今は11万未満の収入で毎月5万の貯金をしていますし、自分に関する費用(電気代など)は全て賄っているので迷惑もかけていないし、第一計画的に収支を管理していることを訴えても一切聞き入れてくれないのでもういいや、って思っています。ちなみに誤解が無いよう付け加えますが、水商売や過酷な仕事でここまで育ててくれた親には、その事自体は感謝しています。女手一つで一戸建ての家を建てることが出来たのは、本当に凄いと思いますよ。バブル期で商売繁盛だったこともあるのですが、多分、このことに関して言えば、親を越えることはできないと思います。
ある程度金銭的基盤が固まったら、脱出する方向で強く検討します。親戚が祖母の年金目当てで全員ニートしていて、その内40歳の人がケガをして入院することになって、親戚がお金を借りに来たりしていて、何かヤバイ火の粉がこちらに降りかかって来ているので、尚更です。
「ず」ずぼらの「ら」
6:25。昔の携帯の目覚ましで目覚める(*1)。がばりと身を起こし掛け布団をたたむ。二度寝しないコツだ。布団も乾燥するので万年床でもカビない。お勧めの技(*2)。
ぼーっとしながら、背筋を伸ばしてベッドに腰掛け少し待つ。首の軟骨がごりごりしないように頭の重さを慣れさせるのだ。これをしないで床に散らばった衣類を探したりすると、軟骨の唐揚げを食べたときのような音が頭蓋骨に響き渡るので怖い。
半分開けたカーテンから差し込む光で、昨夜脱ぎ捨てた衣類を探し出し、着る(*3)。
この頃、今の携帯の目覚ましが鳴り出す。2度寝防止用の目覚ましだが、最近は着替えながら止めることが多い。ついでに目覚まし時計の目覚ましも切っておく。3つもあるのは昔、入眠導入剤を飲んでいたときの習慣が続いているせいだ。
そのまま外出用の鞄をつかんで自室を出る。階段を下りて洗面台で身繕いと歯磨き。トイレに入り、そのまま玄関へ。
自宅玄関前の幅1m程度の路地には、まだ朝日は差し込んでいない。見上げるマンションの壁に朝日が輝いている。
自宅前に路駐した自転車に乗り駅へと向かう。6:40。起床してから15分で家を出る。あまり他人には言えない ずぼらな生活だ。
1時間程度電車に揺られ、朝食は職場の席でとる。始業8:30。辺りの席はフレックスでがらがら。そんな一人の時間が一番集中できる。
*1:土日は鳴らない設定に出来たり、携帯の目覚ましはとても便利。
*2:独身だと布団干せない。
*3:独り寝なのに衣類が散らばるってどうよ?
一度親友に告白して大失敗をしたことがある。
一緒に酒を飲んでいて物凄くリアクションがいいし、楽しそうだし、実際に「○○と話してると楽しい」と言ってたし、あちこちデートに誘っても一度も断られなかったし、家にも遊びに来るというので満を持して告白したら、
「○○のことは友人として好きなんだけど……」
という定型の断り文句が帰ってきた。
と言われた俺は、「話していると楽しい」=恋人としての最大の要素だと当時思っていたわけで、自分の何が悪いのかが全くわからずパニックになった。その後もしばらく腐れ縁のような形でたまにご飯を食べたりしていたが、もう今は交流はない。
その後女の友達と色々話すにつれて、「女性は一般的に男を自分にとって恋愛対象であるか否か、ひと目で見抜く。話していて楽しいかどうか、性格が合うか合わないかはほとんど関係ない。性格が全然合わなくても、話していてつまらなくても、相手が恋愛対象のカテゴリに入るならば恋人になれるし、逆もまた然り。一旦どちらかにカテゴライズされたら、もうカテゴリの移動は出来ない、云々」というようなことを聞き、俺は再度パニックになった。なんだそりゃ!? しかし色々な女と話していると、どうもそれが真実のようだ。俺は恋愛に対する考え方を変えた。
恋愛はロジックでするものではない。「性格が合うから」「趣味が一緒だから」そんなロジックを積み重ねても、本能的な直感の前ではそんな戯言は吹けば飛ぶようなもので、恋愛とはもっとエモーショナルなものなのだ。ドーキンスだったか誰かが「人が恋をするのは遺伝子のせいだ」という胡散臭い説を唱えていたが、確かにそうなのかもしれない。それまでの俺はロジックで恋愛をしていた。「この子は可愛いとは思わないけれど、自分とこの部分が一緒だから一緒にいるべきなんだ」という思い込みを恋愛と勘違いしていた。こんなんで彼女が出来るわけはない。それ以来、恋愛に対してもっと直感を大事にすることを心がけた。自分が可愛いと思うか、セックスしたいと思うか、一緒にいたいと思うかをまず考えることにした。
そんなこんなで俺にも可愛い彼女が出来て、先月婚約をした。趣味は一緒だが、二人でそれを楽しんだことはないし、はっきり言って性格も合わない。ずぼらで楽観的な俺と、神経質で落ち込みやすい彼女。だが、一緒にいてこの上なく楽しいし、心から彼女を愛している。ロジックではない部分で我々は繋がっているのだと思うと、たまらなく彼女のことがいとおしくなる。これが恋愛なのだと、20代も半ばを過ぎてからようやく理解できた。