2024-11-08

一年ほど前のこと

今日みたいに急に冷え込んだ日だった。

仕事から帰ってくると、玄関の前に見慣れない猫がぽつんと座っていた。

夜の暗がりで、あの小さな猫の姿はまるでそこに置き忘れられた影みたいにじっとしていた。

猫は私が近づいても動かず、ただそのままじっとこちらを見ていたんだ。

目がちょっとばかり大きくて、鋭い視線が暗闇で光っていた。

やせ細っていて毛はゴワゴワで、タンブルウィードみたいな姿だった。

私は猫を見つめた。だが微動だにしない。

私は猫の横を通り過ぎた。玄関のドアに手をかけたとき、猫がか細く「にゃあ」と鳴いた。

驚くほど小さな声で、まるで人間に話しかけるのに慣れていないように。

わず振り返ると、猫はそのままこちらを見上げて、また動かない。

どうしたものか。一瞬迷ったものの、なんだか放っておけなくて、しゃがんでそっと抱き上げてみた。

意外にも抵抗はなく、むしろおとなしく抱かれて、じっとしている。

冷たい外とは違って、なんだかほんのりと温かくて、それだけで急に胸がギュッとなった。

そのまま猫を抱えて家に入ると、妻が驚いた顔をした後、くすっと笑った。

何も言わずに猫を見つめていると、彼女も何かを察したのか、それ以上聞かずに「よかったね、あったか場所見つかって」と猫の頭をなでた。

猫は小さく、静かに鳴いた。

それから猫はうちの家族になった。

最初は緊張した素振りをみせたもののの、次第に私たちの傍へと来るようになり、気がつけばいつも私か妻に引っ付くようになっていた。

甘えん坊なのだ

猫を迎えて二日目の朝のこと、裏庭の窓際に知らない猫の姿が見えた。

しかうちの猫と何処か似ていた。きっと親猫だろう。窓の向こう側からこちらを見ている姿は堂々としていて、まるで何かを見届けに来たかのようだった。

裏庭の枯れ草の間で、うちにいる猫を、私の膝の上に居る猫をじっと見つめていた。

その猫はゆっくり顔を上げた。

そのまま窓越しに目が合うと、猫は「にゃあ」と一度だけ鳴いて、ゆっくりと踵を返して去っていく。

親猫らしき猫は笑っていた。

そのように見えただけかもしれない。

しかし初めて見るその表情は、ネットでもテレビでも見たことのない猫の表情だった。

今では猫がいる生活がすっかり日常となった。

名前を呼べばすぐに駆け寄ってきたり、忙しい朝にはちょっと邪魔をしてきたりもする。

いつも何かと「にゃあ」と鳴いては気を引き、今でも甘えん坊である

これを書くことにしたきっかけは今日にある。

今日仕事から家に帰ると玄関の前には見慣れない、見知った猫が居た。

それは去年見た、あの親猫だった。

親猫は手を舐めており、帰って来た私に気付くと顔を上げ、そして私の顔を5秒ほどじっと見つめた。

それから私の脛に頭を擦り付けると満足したように去って行った。

私はその姿が闇夜に消えるまで見送り、家に入るとタンブルウィードが駆け寄ってきた。

私には猫の言葉は分からないが、それでも。

あのとき彼女が私にかけてくれた言葉理解できるのだと、今でもそう思うのだ。

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