本当ならお留守番サービスにつながって伝言が残されているはずだった。けれど今日に限っては留守番になると切って連続してかけてきていた。
「スマホがこわれちゃって。いつこっち帰ってこれる?」
なんだよ。そんなことなら留守電に残してくれればいいのに。こっちは夜勤明けで疲れてたのに。と内心苛立った。
「いつか帰れる日に帰るよ。」
と強引に切ろうとすると
「お姉ちゃんがね。」
切ろうとしたその瞬間滑り込んでくるような早口で母が言った
「癌って。乳がんって」
私は驚かなかった。多分それは医療職で私がオペ室の経験もあって癌患者を受け持ってきた看護師だったからだと思う。
この時の会話はあとあととても後悔した。なぜここで「お姉ちゃんは大丈夫?」って聞かなかったのだろう。
「とにかく悪い。だから」
幸いにも実家まで30分ほどで着く距離に住んでいたため夜勤明けの体を起こしながら実家に向かった。
30分の道のはずなのに無限にも思える長い長い道のように感じた。
たくさんの手術に入ってきた。もちろん乳房全摘術だって。患者さんがオペ室に入ってきて落ち着くまで寄り添ったことだってある。泣いて泣いて涙が止まらないままの患者さんだって見てきた。それに。もう手遅れだった手術もあった。
実家につくと姉の車はなかった。
「姉ちゃんは?」
「仕事に行ってるよ」
「それで?ステージは?」
「何も何もわからない。聞いたけど意味がわからなかった。とにかく悪いってだけ覚えてる。でも早く見つかってよかったね?って話してたよ。」
「そう。」
「だからね。早く見つかって良かったってお母さんは思う。ね?そう思うよね?あんたも。」
「うん。」
「毎年検診に行ってたからね。それで見つかってね。手遅れにならなくてよかった。早く見つかってよかった。ほんとそう思う。」
「そうだね。」
「ほんと。昔から、昔から、あの子はついてないのよ。昔から。」
私は母の話を聞きながらファンクの危機モデルを必死に思い出していた。いやここではションツか?コーンかな?なぜかそんなことが頭の中をぐるぐると回ってた。
看護師になって10年はたった。手術室にいた期間はそんなにながくなかった。3年ほどだったか。
とても忙しい病院だったけれど患者さんには寄り添えていたと思っていた。
でもあの涙を流した患者さんの家族は今どおしてるだろう?手遅れといわれた家族は?教えて。こんな時どんな言葉をかければいい?こんな時私は家族としてどうしたらいい?
私はただただ涙を流しながら話す母の話を聞くしかなかった。
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