山崎さん曰く、私たちは人との関わり合いなかで自己認識していくそうで「それは大きくなるにつれ、他人からのいろいろなメッセージで意味付けされる」と言います。例えば、八方美人は世の中的にはあまりプラスの意味で使われていませんが、「どこでも誰とでもうまくやっているね」、「上手に空気を読むね」と言われれば「八方美人もプラスにとれる」と山崎さん。しかし、「人の顔色ばかり伺って、みんなに迎合して」と言われれば八方美人もマイナスに捉えてしまうだけに、「八方美人が良い悪いでなく、それをどう意味付けしていくかが大事」と持論を展開。
世間では評価のしやすい「行動」や「才能」を褒めたり、怒ったり、評価することが多いものの、それらはあくまで「付属品」だと山崎さん。そして、「人はそれらが優れていたら自信があるかといえば、そんなことはない」と山崎さん。あくまで意味付けで、行動や才能はいくらでも変えられるだけに「大事なのは存在」と明言。例えばMCの堀潤に対し、「喋るのが上手」や「知識がある」と言えば、それは才能を褒めており、うれしいと思うものの、それ以上に「一緒にいて安心する」など存在を褒めると良く、「これを“存在承認”というんですけど、できるだけそういう言葉をかけてほしい」と話します。
その存在承認されている人たちこそが「人に好かれる能力」を持った人だという何よりの証拠なんだけどな。
こと、コミュニケーション能力やその場にいてもいい人という能力について、そうしたスキルは能力外であくまで人間力の範疇である、とする話を小耳に挟むけど、実際のところそれらすべては第三者の評価を通った結果なので。