この時代の人はとてもよく歩く。とにかく歩く。1日に平均して30kmは平気で歩いている。
ありとあらゆるものがどこでも手に入るようになり、時間と場所を選ばなくなったことで、定住することが無意味になった。そのせいもあって彼ら彼女らは常に移動しながら生活している。夏は涼しいところに行き、冬は暖かいところに行く。21世紀以上に乗り物は発達しているが、特別な事情がない限り陸路は歩くのが当たり前になっている。
常に移動して生活するのにはもう一つ理由がある。この時代の社会は擬似的な狩猟採集社会として構築されているからだ。生命維持に必要な道具やインフラはどこでも手に入るが、嗜好品に分類されるコンテンツはあえて一部地域でしか手に入らないようになっている。だから心を満たすには歩き回らないといけない。そういう意味では21世紀より不便な面もあるが、幸福度は不思議と高い。
各地域の境界には検問所があり、そこで心と身体の健康のチェックが行われる。そこで何らかの問題が見つかった場合は、本人の同意のもと殺処分になる。幸福度の高さはこのあたりでも担保されている。もちろん一箇所に留まれば検問に引っかかることもないが、そのような生き方をするくらいなら素直に死を選ぶのがこの時代の一般的な価値観だ。