ワープロが普及し始めたころ、紙に手書きするより文書作成が格段に効率よくなると理解できないで、ただの青書のための機械という認識で「手書きして業者に渡せば活字になったのに、ワープロのせいで作業が増えた」と文句言ってる人らがいた。
現代でも、ワープロより手書きして事務の女性に清書させたほうが効率がいいと公言する人を見かける。
方眼Excelが利用されるのもデータの再利用や、レイアウトの自動化というのもを理解できない人らが、手でレイアウトするしかないからだろう。
Excelで、画面表示と印刷結果が一致しないのに「WYSIWYGじゃない!」と文句が出るのも、Excelは清書機という認識だからだろう。
PDFが重宝されるのも、レイアウト重視で紙がそのまま電子化された感覚で使えるからだろう。
ソフトウエア開発の現場で、ドキュメントの作成するのに、ページのナンバリングや目次の作成を自動化せずに、手作業で早く正確にそれらを作成できる技術者が評価が高いという現象を見たことがある。
構造を意識した文章を作成して、レイアウトを自動化したり、データと再利用したりするのは人類がもう一段進化しないと無理なのかもしれない。
そういう意味での「人類の進化」は、ドラクエのたたかうをAボタン連打で済ませれる世代が出たときに一段階進んだと思うし、マウスとスマホの操作をスムーズに行える世代がでたと...