https://www.tachibana-akira.com/2011/01/1800/3
金融危機とそれにつづくハイパーインフレで、私の実家も妻の実家も、祖父母が年金だけは生活できなくなった。そのうえ父と義理の父がリストラされ、路頭に迷ってしまった。それで田舎に3軒の家と農地を格安で購入し、一族が肩を寄せ合って暮らすようにしたのだ。同じようなケースはほかにも多く、日本は大家族制に戻りつつあった。
東京駅前には、赤ん坊を抱いた物乞いの女たちが集まっていた。その枯れ枝のような細い腕を掻き分けて改札を通り抜けると、5000円のビールとつまみを買ってあずさのグリーン席に乗り込む。平日は都心のワンルームマンションで単身赴任し、週末に家族の待つ田舎に戻る生活を始めて1年になる。
プルトップを引いて、冷たいビールを喉に流し込む。この週末は、失業した妻の弟が、いっしょに暮らせないかと相談に来ることになっている。娘の進学問題も頭が痛い。将来に不安がないわけではないが、泣き言はいえない。いまや一族の全員がわたしを頼っているのだ。
中国語やハングルやアラビア文字のネオンサインが、新宿の夜空をあやしく染めていた。青白い月を眺めながら、いつしか浅い眠りに落ちていた。