ツー…ツー…ツー……
名前すら名乗らない彼は一体何者だったんだろうか。
彼は一体何に了解したんだろうか。
そして、彼はそうして了解したことをこちらに伝えて何がしたかったんだろうか。
電話先を間違えたことに気づいたのなら、それを謝るかせめて伝えるべきではないだろうか。
自分さえ納得できればよく、それを相手にも伝えるために「了解」という言葉を選んだのだろうか。
それとも、この電話番号が増田商事であることを確かめたくて、それを確かめることが出来たことを伝えたかったのだろうか。
私がお昼ごろにかかってきた間違い電話の事を今なお気にかけているのは、その言い方が独り言ではなく、私に「了解」をはっきりと伝える口調であったことだ。
私が増田商事の打須摩であることに「了解した」と彼が私に伝えることには、きっと彼の中では大きな意味があり、それさえ伝えれば失礼しますも言わずに電話を切ることにも何の問題も無かったのであろう事がその声色から読み取れたのだ。
非常に気になる。
もしかしたら、彼は未来の私だったのではないだろうか、それとも死神……。
この物語にはどんな結末が待っているのか、きっとなんの結末も待っていないのだろう。
ただ単に私に電話をした人がひどく自己中心的で、「俺が電話先を間違えたことに、俺が納得できたなら、それでお前も満足だよな?」と考えるジャイアン人間だったのだろう。
こんなにも頭を悩ませてたどり着いた結論が、クソ野郎のクソみたいな間違い電話について半日の間悶々としていたいというクソのような現実だったとは。
N氏が羨ましい。
彼の人生にはもういくばくかのセンス・オブ・ワンダーが込められている。
私の人生にあるのは、人間の薄汚さや他人に対してかける思いやりの無さ、そしてそんな事に対してすらこんなにも繊細になるほどの余裕の無さばかり。
辛い。
この人生が辛い。
ただの間違え電話1つですらこんなにも揺れ動いてしまうような器の狭い人間として生きていく事にもういい加減疲れた。
死にたい。
……やはり彼は、死神だったのだろうか。