2017-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20150618025040#tb

無能な働き者は銃殺せよというのは、あくまで指揮を取る立場人間からみた考えだ。

会社なるたけ早く無能な働き者を解雇せよ、と言い換える事ができるかもしれない。

当然、会社不利益であれば、他の社員迷惑している。であれば、やめて欲しい、死んで欲しいと思うのも当然である

しかし、自分無能な働き者である場合、取るべき行動は他人から見るそれと必ずしも一致しない。

自分無能な働き者であると、会社からとってみても簡単解雇が出来るとも限らないから、すぐに自主退職すべきなのでは。と考える

どこで働いても今のままだと必ず迷惑をかけるばかりで仕事にならない。そうなると死ぬべきなのでは。と考える。

死ぬにしても、働けないか死ぬなんて程度では、もっと不自由を強いられていても強く行きている人がいるだろう。

自分には自死資格すら与えられない。と考える。

無能であるから、脳と能がないから、正しい思考をもとに正しい行動を取ろうと自分に強いる。

しかし、正しい思考がわからない。そもそも、そんなものはあるのか。

誰が脳信号の移動経路の過程を、これが正しいものだとして提供してくれるだろうか。

共通して持つべ思考の姿など存在しない。

思考自分自身の力で最善を尽くす他ないからだ。思考の姿の理想他人からコピーすることは出来ない。

存在するのはあるべき言動の姿である。あるべき姿は、優秀だと思う人、自分が真似できる範囲のものを参考にする。

同じように振る舞おうとし、失敗するのであれば、きっとそれは思考コピーしようとしている。

自分自身で考えて、言動を人を真似ることで、単調増加的に成長する。

現状、このままだと死ぬしか無いとみなされる状態は、まだスタートラインしかない。

次の、次のそのまた次の段階で、無能な働き者のレッテルが取れれば、

そのときには死ぬしかないと見做される状態ではなくなっている。

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