一度はもう疲れた、やめようと思ったのにまた好きになってしまった。
アイドルの女性問題だとか、ファンサだとかにはあまり興味は薄いほうだったわたしがアイドルを好きでいるのが辛くなったのは自らの執着のせいだ。愛と執着は紙一重だと思っている。いや、アイドルを長い間好きでいれば、愛は執着となりいつのまにか愛に隠れて育ってくるものだと思っている。
最初は××くんのことが好きだなぁ~~カワイイなぁ~~とただ思って、短所もかわいくて、ただその姿を画面越しだったり、コンサート会場で遠目にみるのが楽しくて仕方なかった。正直、アイドルを一番好きな瞬間とは好きになったその瞬間だろうと思う。あとは自分でアイドルへの愛を育てていくんだと思う。好きだ好きだ好きだ好きだといっているうちに、いつのまにか、××くんの変化についていけていない自分に気がついた。人は多かれ少なかれ変化していくものだ。ある意味フィクションであるアイドルだって人間なのだから、もちろん同じことだ。わたしが好きだった××くんはその瞬間を生きていた彼だったのだと、気づくことになった。べつに、そっかぁ、そういうもんだよね、と離れたらよかったんだと思う。けれどわたしには愛に隠れて育っていった執着があった。離れてしまった気持ちとはうらはらに、そのアイドルを長い間考えてきたという執着があったのだ。TVをチェックしてイライラして、グッズや雑誌を買いながらどこか疲れていた。自分でもそんなのって自分が馬鹿だなぁと思っていたのに、執着だけはたちきれずに、好きなアイドルをみてイライラする日々を送っていたのだ(自分の気持ちにイライラしていたのを、いつのまにか、アイドルにイライラしていたという感じだった)。別の趣味をみつけて、アイドルを好きになるのはもうやめようと思いながら、××くんのことはまだ情報をチェックして執着していた。余計、もうやめよう、そう思いながら4年がたっていた。
もうやめるはずだったのに、またわたしは新たにアイドルを好きになっていた。けれど、そうしたら今まであった××くんへの執着はいつのまにか消えていた。映っていたらもちろんみる。でももうモヤモヤした気持ちにはならない。ただ好きだなぁっていうだけ。
もう執着するのはやめよう、ただ好きな気持ちだけでいよう、そう思いながら毎日彼の姿を画面越しに追っている。けれども、結局また執着してしまうんだろうなぁ。
長い間そのアイドルを好きな人が好きな気持ちより愚痴や不満をぶちまけているとき、もうそれは執着じゃないの?と思う。よくしていきたいとか、期待してる、そう言うけど好きなんて言葉最近めっきり聞いてないよって。
アイドル好きでいるのに執着してきちゃったら百害あって一利なしだと思う。
執着は愛ではない。実生活ではわかるのに、アイドル好きでいるとわからなくなったりする。
また執着してしまうのだろう、そう思いながらもそれは忘れないでおこうと思っている。