今の日本に求められているのって「諦め」だよね
「諦めろ」って言ってくれる人を待ってる作業ように思える
それが正しいことに違いないと思うから、物事の諦め方がわからない
正確に言えば、正しい諦め方がわかりにくい
何かを諦めたからといって、他の全てを諦めなければいけないわけじゃない
でも、多くの人が何か一つを諦めると、自分自身に対する諦めが芽生えるせいか
そこで達観してしまって、色んなことを「非現実的」といって切り捨ててしまう気がするんだ
もしかすると、仏教は正しい諦め方を勧める宗教なのかもしれない
でも、俺たちに必要なのは宗教ではなくて、もっと実践的に諦めるやり方なんじゃないだろうか
経営者やアスリートの本なんかを読むと、意外に彼らが多くを諦めて前に進んでいたことがわかる。
例えば、為末さんは本当は100m走でキャリアを積みたかったけど
五輪でメダル獲得を夢見て(決して花形とはいえない)400mハードルに転向したそうだ。
俺たちは子どもの頃に教わった通りに「諦めずに頑張る」ことを信奉してきたけど